第36話 広場の光と、隣村の井戸
ハルムの広場に、ファンファーレが、三度鳴った。
正確には、鳴ったのは一度である。私が村長との約束どおり、広場の真ん中で、剣士D級と下水清掃士E級の木札を掲げ、「もう一度、見せてください」と天に向かって(誰に向かってなのか、自分でもよく分からないまま)念じたところ、システムは律儀に応えてくれた。
【資格取得履歴の再生】『剣士(D級)』『下水清掃士(E級)』
金の光が、二度、螺旋を描いた。村中の悪童どもが、光の粒を追って広場を走り回り、ペーターが「おれの組紐が効いた!」と叫び、村長オルバンは腕を組んで、眉間に皺を寄せたまま、口の端だけで笑っていた。
三度目は、その夜、ヒルダの小屋の囲炉裏端で、ヒルダの求めに応じて、こっそり鳴らした。老女は光の粒を掌に受け、「あたしの婆さまにも、見せてやりたかったねえ」と言った。
種籾のことは、正直に話した。山賊。ブルーノ。魔導農薬で死んだ土。一袋。村長は長いこと黙り、それから「三分の二あれば、蒔ける。残りは、豆を多めにする」と言い、それきりブルーノを責める言葉は、村の誰の口からも出なかった。貧しい村は、貧しい理由を、知っている。
翌日から三日間、私は隣村――街道を半日下った、川向こうのオルデン村に通った。
オルデンの井戸は、ハルムより酷かった。汚水溝が、井戸を半周していた。私は下水清掃士の木札を見せ、村長に掟を尋ね(オルデンにも、ハルムの第七条とほぼ同じ掟があった)、石灰を撒き、土手の線を引き、木札を立てた。オルデンの村長は、木札をしげしげと眺めてから言った。
「資格持ちが言うなら、間違いなかろう」
リーゼの言ったとおりになった。私は複雑な気分で、しかし、ありがたく、その言葉を受け取った。信用の貸し借り。この木札は、そのためにある。
礼として、オルデンは四百Gをくれた。三日で四百G。ハルムの農家の、一月半分だった。
そして四日目の夜。私は納屋で、狼の封蝋の紹介状を、藁の上に置いて、眺めていた。
王都。試験が開かれる場所。魔法士C級。受験料一万五千G。手元には、村の残りの三百Gと、オルデンの四百Gと、ヨナスが「山賊から荷を守った護衛代」と言い張って渡してきた二千五百G(受け取るまで一時間、押し問答をした)。合わせて、三千二百G。
届かない。魔法士の受験料の、五分の一。
「行くんでしょ」
戸口に、リーゼが立っていた。今夜は、何も持っていなかった。
「行けば、村の井戸は、しばらく俺が見られない」
「見られるわよ。木札が立ってるし、ヒルダ婆が帳面をつけてる。母さんたちは、匙の数を競ってる。……あんた、自分がいなきゃ回らないと思ってんの? 図々しい」
リーゼは納屋に入ってきて、私の隣の藁に、どかりと座った。
「あのね。ヴィムのおじさんが秋に来ないって、村長が言ってた。ブレナの試験も、ないんでしょ。……ノルが、判定士を受けるって言ってたのに」
彼女は、膝を抱えた。
「あんたが村にいたって、試験は来ない。あんたが王都に行って、試験を持って帰ってくるほうが、まだ、ましだと思う。……何言ってんのか、自分でも分かんないけど」
試験を、持って帰る。
私は紹介状を懐に入れ、棚卸しの板を、荷物の一番上に置いた。
「行く。……秋には、一度帰る。約束する」
「約束なんて、いいわよ。二つとも受かったんだから、次は、三つ」
ヘルガと、同じことを言う。私は、少しだけ笑った。
出発は、二日後。ヨナスの荷馬車は、ブレナには戻らず、北の街道を王都へ向かうという。「ブレナの商いは、もう終わりだ」と、彼は言った。




