第33話 矢の落下点
矢は、放物線を描いた。
五十歩の距離で、狩猟弓の矢は、放たれた瞬間に少し上へ向かい、頂点を過ぎて、落ちてくる。前世の物理で言えば、初速と角度と重力の、ただの計算だ。だが計算は要らなかった。射手の肩の落ち方と、弓の角度と、矢が空に描いた線が、頭の中で一本に繋がり、落ちる場所が「見えた」。
「左! 三歩!」
ヨナスが手綱を引く。馬が左へ寄る。矢は、荷馬車の右側面があった場所の、地面に突き立った。
二本目。別の射手。角度が浅い。
「そのまま! 動かないで!」
矢は、荷台の上を、越えていった。届かない。角度が浅すぎたのだ。
三本目、四本目。私は荷馬車の前で、一歩も動かず、ただ、林の縁の射手たちを見ていた。肩が落ちる。弓が鳴る。矢が飛ぶ。落ちる場所を、口で言う。ヨナスが馬を動かす。矢が、地面に、荷馬車の陰に、車輪の脇に、突き立つ。
一本も、荷に当たらなかった。
射手たちの間に、動揺が走るのが、五十歩先からでも分かった。草の揺れが乱れる。矢が、一本、明後日の方向へ飛んだ。慌てて放った矢だ。
(矢は、あと何本ある)
狩猟弓の矢筒は、十二本。四人で四十八本。だが山賊が、一人あたり十二本もの矢を、たかが荷馬車一台に使うだろうか。矢は、作るのに手間がかかる。
案の定、六本目のあと、矢は止まった。
代わりに、林の縁から、人影が飛び出してきた。三人。手には、鉈と、古い剣と、農具の柄を削ったらしい棒。
私は、木剣を構えた。手は震えている。だが、構えは、評価項目の一だ。二か月、毎日やった。震えていても、形は崩れない。
三人が、河原を駆けてくる。走り方が、ばらばらだった。訓練された動きではない。一人は、途中で石に躓いた。
(この人たちは……兵士でも、傭兵でもない)
先頭の男が、鉈を振り上げた。振り上げる前に、右肩が上がった。
トマスと、同じ癖だった。
私は半歩引き、鉈の軌道の終点の手前に、木剣を置いた。鉈が木剣を滑り、男の身体が、勢いのまま流れる。私は追わなかった。男は、河原の砂利に、自分で転んだ。
二人目の棒。大振り。左足のつま先が開く。ハンスだ。躱す。棒は空を切り、二人目は自分の勢いでよろめいた。
三人目は、剣だった。古いが、本物の剣。彼は、二人が転んだのを見て、足を止めた。止めて、私を、見た。
四十がらみの、日焼けした、大きな男だった。剣を持つ手が、農具を持つ手のように、節くれだっていた。
「……小僧。お前、剣を振らねえのか」
声が、低かった。私は、正直に答えた。
「振っても、当たらないので」
男は、一瞬、目を丸くし、それから、河原に響く声で、笑った。




