第26話 三合で見切る
実技試験は、受験番号順に、広間の中央で行われた。
百四人が、壁際に並んで座る。中央の石畳に白線で四角が引かれ、その中に試験官ガルムが立つ。受験者は一人ずつ呼ばれ、木剣を持って四角に入り、三分間の立ち合いをする。ヘルガが砂時計と評価表を持って、四角の外の机に座っていた。
三分は、長い。
最初の受験者は、開始十秒で打ち込みにいき、ガルムの木剣に手首を叩かれて崩れた。二人目は三十秒。三人目は防御に徹したが、一分で足がもつれた。ガルムは、宣言どおり、手加減をしなかった。だが乱暴でもなかった。彼の木剣は、受験者が崩れたところに、正確に、痛くない角度で入った。
傷だらけの傭兵崩れが、一本を取った。広間がどよめいた。ヘルガの羽根ペンが動く。合格ラインを超えたのは、午前中で四人だった。
「――四十七番。ハルムの、レオン」
立ち上がると、膝が笑った。木剣の柄を握る。震えている。分かっている。四角の中に入り、ガルムと向き合った。
彼は、私の手を見た。震えを見た。何も言わなかった。
「始め」
砂時計が返される。
最初の十秒、私は動かなかった。構え。足を肩幅に開き、木剣を中段に。評価項目の一、構え。ガルムも動かない。彼は、受験者がどう出るかを見る。
二十秒。ガルムが、動いた。
尻尾が、右へ振れた。
次の瞬間、左足が踏み込み、上段からの打ち込みが来た。私は半歩、右へ引いた。木剣が、私の左肩があった場所を通る。風圧が頬に来た。
(見えた)
いや、見えたのではない。尻尾が振れたとき、私の身体は、もう右へ動き始めていた。牛の頭が下がる一瞬に綱を引くのと、同じ。『物理予測Lv2』が、尻尾を、重心移動の兆しとして読んでいた。
ガルムの目が、わずかに細くなった。
二合目。今度は、尻尾が振れてから踏み込みまでが、速かった。彼は私の反応を見て、速度を上げてきた。中段の払い。私は木剣を、彼の剣が「これから通る道」に、置いた。乾いた音。彼の木剣が、私の木剣を滑って流れる。腕が痺れた。筋力6の腕は、受け止めるのではなく、流すしかない。流れた勢いで、私の身体が半回転する。崩れかけて――足が、踏みとどまった。
牛追いの足だった。六百キロに引きずられて、踏みとどまる足。
広間が、静まり返っていた。
三合目。
ガルムの尻尾が、振れた。左足が来る。だが――今度は、フェイントだった。左足の踏み込みは浅く、本命は右からの返し。闇予備校の「五年前の癖」を信じた受験者が、これで落ちる。
私は、左足の踏み込みに、反応しなかった。尻尾の振れ幅が、一合目二合目より、小さかったからだ。小さい振れは、浅い踏み込み。牛が本気で歩き出すときと、ただ頭を下げるだけのときの差。
右からの返しが来る。その軌道の終点――私の右脇腹――の手前に、私は木剣を、置いた。
ガルムの木剣が、私の木剣に当たり、止まった。
止まった彼の剣の、内側。私の木剣の切っ先は、流れた勢いのまま、彼の左の脇腹に、触れていた。
触れていた。当てたのではない。彼が、そこへ来たのだ。
砂時計の砂は、まだ半分も落ちていなかった。
ガルムは、自分の脇腹に触れている木剣の先を見下ろし、それから、私の顔を見た。私の手は、まだ震えていた。切っ先が、彼の服の上で、小刻みに揺れていた。
「……有効」
ヘルガの声が、広間に落ちた。
「有効打、一本。時間、一分十二秒。構え、足運び、防御、いずれも減点なし」
広間が、ざわめきから、どよめきに変わった。私は木剣を引き、四角の外へ出ようとして、足がもつれて、石畳に尻餅をついた。どよめきが、笑いに変わった。集会所の夜とは、違う笑いだった。
ガルムが、大きな手を差し出した。私はその手を取って、立ち上がった。
「尻尾か」
小声だった。私は頷いた。
「闇予備校の連中に、教えてやるなよ」
鼻の先で、ふっ、と息が鳴った。




