第24話 筆記試験 ―剣術史と武具管理―
筆記試験は、広間に長机を並べて行われた。
受験者百四人。石畳の広間に、羽根ペンが走る音だけが満ちる。この音を、私は前世で百七回聞いた。マークシートを鉛筆が擦る音とは違うが、質は同じだ。全員が、自分の答案だけを見ている音。誰も私の目を見ない音。
試験用紙は、二枚。剣術史が二十問、武具管理が十問。
剣術史は、王国剣術の流派の成立年、大魔王戦争で用いられた剣技の名、歴代の剣聖の名。頻出十問は、壁の貼り紙のとおり、七問が出た。残りは、図鑑の公開過去問十年分で、すべて拾える範囲だった。
武具管理は、剣の手入れ、鞘の保管、刃こぼれの判断、そして「戦場で剣が折れたときの対処」。
最後の一問で、私の羽根ペンが止まった。
『問十 剣の刃に錆を生じさせないための日常の手入れについて、その理由とともに述べよ』
模範解答は、知っている。使用後は血や水気を拭き、油を薄く引いて保管する――教本の一節そのままだ。それを書けば、満点である。
だが私の頭の中には、もう一つの答えが浮かんでいた。錆とは何か。鉄が、水と空気に触れて、酸化すること。油を引くのは、鉄と空気の間に膜を作るため。血を拭くのは、血に含まれる塩が、酸化を早めるため。前世の高校化学と、電気工事士の勉強で覚えた金属の腐食の知識が、勝手に手を動かした。
書き終えて、私は自分の答案を眺めた。他の受験者の三倍は長い。しかも、教本にない言葉が並んでいる。
(減点、されるだろうか)
一瞬、書き直そうかと思った。模範解答だけを残して。だがそのとき、頭の中で、あの音がした。
【『試験分析EX』:採点基準を推定――】
問十 配点:十点。「拭く」「油」「保管」の三要素で各三点、理由の記述で一点。
教本外の理由記述は、減点対象ではなく、加点対象外。
減点はない。ならば、残す。私は答案を裏返した。
その日の午後、実技の説明が終わった後で、私は受付のヘルガに呼び止められた。彼女は帳簿を閉じ、私の答案らしき紙を一枚、机の上に置いていた。
「レオン。剣術史、二十問中二十。武具管理、十問中十。……満点は、今年はお前一人だ」
私は、頭を下げた。ヘルガは、下げた私の頭に向かって、続けた。
「それはいい。問題は、問十だ。お前、ここに何を書いた」
「錆が生じる仕組みと、手入れの理由を」
「教本には載っていない言葉が、六つある。『酸化』『塩分』『皮膜』――」
彼女は指で答案を叩いた。私は、減点を覚悟した。
「――採点では、加点も減点もしなかった。教本にないものは、採点基準にない。だがな」
ヘルガは顔を上げた。四十年、いや、二十年、試験官として答案を見てきた者の目だった。
「私は二十年、この広間で答案を読んできた。教本を丸写しした答案は、二千枚読んだ。教本以外の答えが書いてある答案を読んだのは、今日が初めてだ」
褒められているのか、咎められているのか、分からなかった。分からないまま、私は「はい」とだけ言った。
「……お前、誰に習った」
来た。ヒルダと同じ問いだ。私は同じ答えをした。思い出せない。頭の中にあるだけだ。ヘルガはそれ以上問わず、答案を帳簿に挟み、いつもの調子に戻った。
「明日は実技だ。筆記が満点でも、実技で崩れれば落ちる。剣士試験は、そういうものだ。……昨日、闇予備校の客引きに、声をかけられたな」
「はい」
「行かなくてよかった。連中が教えるガルムの癖は、五年前のものだ」
ガルム本人と、同じことを言った。この二人は、この崩れかけた領主庁で、たぶん、長いこと一緒に試験を回してきたのだ。
「それと、レオン。入口の貼り紙は」
私は、息を止めた。
「――名前を書け。次からは。誰が書いたか分からん紙は、写す側が、信じにくい」
それだけ言って、ヘルガは次の受験者を呼んだ。




