第22話 闇予備校の勧誘
「兄さん、兄さん。剣士、受けるんだろ?」
声をかけられたのは、試験場を出て、宿へ戻る途中の路地だった。
愛想のいい、三十前後の男だった。身なりは小綺麗で、腰に短剣、胸に何かの記章。一目で「町の人間」と分かる立ち姿である。
「田舎から来た顔だ。村の金だろ、受験料。……落ちたら、帰りづらいよなあ」
図星を、優しく突いてくる。私が返事をしないうちに、男は懐から刷り物を出した。
『剣士D級 完全合格講座 三日間 三千G 合格保証』
「明日の筆記と、明後日の実技。両方の『答え』を、うちは持ってる。試験官のヘルガと、実技のガルムってのは、毎年おんなじ問題、おんなじ癖でやる。それを三日で叩き込む。落ちたら全額返す。どうだ、悪い話じゃないだろう」
合格保証。前世でも、この四文字を掲げる商売はあった。私は資格予備校の広告を、何十とめくった。そして知っている。合格保証の本体は、大抵、「返金条件の細かい字」のほうにある。
「……教材を、見せてもらえますか」
「ん?」
「三千Gの講座の、教材です。中身を見てから決めたい」
男は一瞬だけ表情を止め、それから、営業用の笑顔を戻した。
「用心深いねえ。いいよ、路地の先に、うちの『教室』がある。見るだけなら只だ」
教室は、倉庫の二階だった。埃くさい部屋に、長机と椅子が二十ほど。壁に、木炭で書かれた「剣術史・頻出十問」の紙が貼ってある。田舎から来たらしい若者が五人、すでに座って、その紙を必死に写していた。
私は、壁の十問を読んだ。読んで、暗算した。
(図鑑の公開過去問の、五年分から、出現頻度の高い順に十問抜いただけだ)
それは間違ってはいない。頻出問題は、確かに出る。だが図鑑では、それが「一問十Gの公開資料」として、誰でも読める。三千Gの内訳が、壁の紙一枚と、埃の匂いだった。
「で、実技のほうは」
「明日の夕方、実技講師が来る。ガルムの癖を教える。あいつは獣人だからな、獣人の癖ってのがある」
獣人。その言葉の言い方に、私は少し引っかかったが、口には出さなかった。
「ありがとうございます。少し、考えます」
「考える時間なんて、あるのかい? 明日が筆記だぜ」
男の声から、営業用の柔らかさが、半分抜けた。私は頭を下げ、階段を降りた。降りきったところで、男の声が上から追ってきた。
「まあ、落ちたら来な。秋の試験もある。……秋があれば、だがな」
最後の一言の意味が分からないまま、私は路地に出た。
宿の屋根裏に戻り、藁の上で、私は考えた。
あの倉庫の二階に座っていた五人の若者は、私と同じ顔をしていた。村の金を握って、落ちたら帰れない顔。彼らの三千Gは、壁の紙一枚に消える。合格しても、それは紙のおかげではなく、たぶん本人の努力のおかげで、落ちれば「返金条件の細かい字」に阻まれる。
(図鑑があれば、あの十問は十Gで読める。だが、あの五人には図鑑がない)
私の頭の上で光る板は、私一人の武器だった。
棚卸しの板を取り出し、剣術史の頻出十問を、木炭で余白に書き写す。それから、屋根裏の隅に置いてあった宿の反故紙を一枚借り、同じ十問を、なるべく丁寧な字で、もう一度書いた。
翌朝、私はその紙を、試験場の入口の壁に、そっと貼っておいた。
『剣士D級・筆記頻出(領主庁公開過去問より)――誰でも写していい』
名前は書かなかった。社交性4の人間が、人前で貼り紙をする勇気の限界は、そのあたりであった。




