第19話 学習効率向上Lv4
出発を二日後に控えた夜、私は納屋で、最後の総仕上げに入った。
前世の直前期に、私は必ず「棚卸し」をやった。試験範囲を紙一枚に書き出し、自信のある項目を塗り潰していき、白く残った場所だけを最後の二日で潰す。百七回の受験で磨いた、私の唯一の必殺技である。
板切れに木炭で、二つの試験の棚卸し表を作る。
まず『下水清掃士(E級)』。筆記のみ。石灰の扱い、汚水溜の構造、清掃の手順、危険(溝の底の悪い空気)への対処。――ほぼ塗り潰し済み。この冬、村の井戸で実地をやったようなものだ。白く残ったのは「王国下水法規の罰則規定」だけ。図鑑の条文を、声に出して三度読む。
次に『剣士(D級)』。
筆記(剣術史・武具管理)は、塗り潰し済み。問題は実技である。私は評価規程の四項目を、あらためて板に書いた。
構え。足運び。防御動作。――ここまでは、この二か月で「村の男衆相手なら」形になった。
有効打。――白いまま。当たらないものは、当たらない。
捨てると決めた項目を、それでも最後にもう一度だけ眺めるのが、棚卸しの作法である。眺めていると、戸の外で、聞き慣れた足音がした。
「入るわよ。……うわ、何この板。呪文?」
「棚卸しだ。試験前の儀式のようなものだ」
リーゼは板を覗き込み、字が読めないなりに、塗り潰しの模様から何かを察したらしい。白く残った一角を指差した。
「ここだけ白いのは?」
「『有効打』。試験官に一本当てる項目だ。捨てる」
「本番で、急に当たったりしないの?」
「しない。二か月で三百八十一回振って、動く相手に当たったのは、六回だ」
「数えてんの!? 暗っ!」
記録は力である。反論はしなかった。
リーゼは呆れ半分に笑い、それから、抱えてきた包みを藁の上に置いた。開くと、干し肉と、固焼きのパンと、それから、小さな革の紐飾りが出てきた。羊毛を撚った、素朴な組紐である。
「母さんが干し肉。ヒルダ婆が、道中の腹薬。……で、これは、ペーターから」
組紐だった。七歳の指で編んだのが一目で分かる、不揃いで、固結びだらけの。
「『兄ちゃんの剣は当たらないから、お守りがいる』んだって。生意気でしょ」
私は組紐を受け取り、木剣の柄頭に、しっかりと結んだ。不揃いな結び目が、柄の尻で小さく揺れた。
「似合わなさすぎて、笑えるんだけど」
リーゼはひとしきり笑い、戸口で、行きがけの駄賃のように言った。
「あんたが最初に集会所で吠えた夜ね。あたし、本気で馬鹿だと思った。今も半分思ってる。……でも」
彼女は、板の上の、塗り潰された黒い模様を、もう一度見た。
「馬鹿のまま、こんなに塗る奴、見たことない。行ってきなさい」
戸が閉まり、足音が遠ざかる。
私は棚卸しの板に向き直り、深夜まで、白い場所を潰し続けた。日付が変わる頃、頭の中で、小さな音がした。
【習得スキル『学習効率向上 Lv3 → Lv4』】
――学習計画の立案・実行の反復により、スキルが成長しました。
資格を取らなくても、スキルは育つ。学びの手順そのものを、この世界のシステムは、ちゃんと見ている。
(いいシステムだ、本当に)
三千年前にこれを設計した神様は、今のこの世界の番付を見て、どう思っているのだろう。ふと、白い空間の呆れ顔を思い出した。
藁に潜る。目を閉じる。明後日、出発。




