第18話 村長の変心
金策の当ては、三つ考えていた。
一つ、内職の増産(見込み、月五十G。間に合わない)。二つ、ヒルダの薬草採りの手伝い(同、月八十G。間に合わない)。三つ、ヨナスに前借りを頼み、ブレナで荷運びをして返す(可能性はあるが、試験勉強の時間が消える)。
四つ目の当ては、考えていなかった。だからその夜、村長オルバンがマルテの納屋に現れたとき、私は藁の上で内職の草鞋を編みながら、素で身構えた。村長が夜に訪ねてくるのは、大抵、悪い報せの時である。
「編みかけのまま聞け」
オルバンは戸口の框に腰を下ろし、前置きなしに、革の小袋を藁の上に置いた。ずしり、と重い音がした。
「四千Gある。剣士と、もう一つの、下水のやつ。受験料と、ブレナでの宿代だ」
草鞋が、手から落ちた。
「む、村長。これは」
「村の蔵の金だ。寄り合いで決めた。……勘違いするな、施しじゃないぞ」
オルバンは、指を折りながら、几帳面に数え上げた。
「羊二頭。あれが群れ全部に回っとったら、損は百倍だった。お前の判定で柵を移して、以後一頭も死んどらん。それから井戸だ。ヒルダの帳面じゃ、去年の春、腹下しの看病で、女手が延べ四十日潰れた。今年は八日。畑の遅れは、そのまま秋の実りの差になる。……つまりだ」
村長は、藁の上の革袋を、顎で示した。
「お前はもう、四千G分の働きを、この村にしとる。これは礼だ。礼というより、精算だな。村の帳簿としては、そのほうが収まりがいい」
精算。施しではなく、精算。
私は革袋を見つめたまま、しばらく言葉が出なかった。前世で、私の資格取得に金を出してくれた者は、一人もいない。会社の資格手当は「業務に関係あるもののみ」で、私の受験料は全部、自分の財布から出た。それが当然だと思っていた。学びは自己投資。自己責任。自己完結。
「……ただしな」
オルバンが、初めて、村長の顔から、ただの老人の顔になった。
「儂は、寄り合いでお前を笑った側だ。剣士なんぞコスパが悪い、村人になっとけと言った。……あれは、今も半分は本気だ。剣は危ない。儂はお前に、死んでほしくない。この村は、やっと『なぜ』を知っとる者を一人拾ったんだ」
囲炉裏の残り火が、老人の顔の皺を深くしていた。
「だがな。羊の朝、お前が審査官の前で草を切って掲げたとき、牧夫のノルの顔を見たか。あの阿呆、来年は自分も判定士を受けるなどと言い出しよった。……六十年、この村で『新しいことをやる』と言い出した若いもんを、儂は一人も見んかった。出ていくやつなら、何人も見たがな」
オルバンは立ち上がり、戸口で背を向けたまま、言った。
「行ってこい。受かっても受からんでも、秋には帰って、隣村の井戸とやらを見てやれ。……それと、これは村長としての業務連絡だが」
「はい」
「受かったら、あの、光る音のやつ。広場でもういっぺん、皆に見せてやれ。ペーターだけずるいと、村中の悪童どもがうるさくてかなわん」
戸が閉まった。
私は藁の上に座り込んだまま、革袋を両手で持ち上げた。四千G。銅貨と銀貨の、村中の手垢のついた重さだった。
その晩、ステータス画面を開くと、数字が二つ、動いていた。
幸福度:26 → 33
社交性:2 → 4
社交性はまだ一桁である。一桁であるが、この二か月で四倍になったと考えれば、成長率だけなら大したものだ。数字の解釈を都合よく行うのは、資格マニアの基本技能である。




