第17話 行商人ヨナスと、受験料の話
ヨナスの荷馬車が村に来るのは、月に二度である。
塩、針、鍋の修繕、そして噂話。行商人は辺境の村にとって、店であると同時に新聞だった。その日、私は石灰の追加を受け取りがてら、荷台の縁に腰かけたヨナスから、外の世界の値段を聞いていた。
「ブレナの剣士試験なあ。今年は受験者が減るって話だぜ。ほれ、王都の資格院サマが、また『番付』を出しただろう」
ヨナスは懐から、くしゃくしゃの刷り物を出した。木版刷りの粗い紙に、びっしりと文字が並んでいる。『王国資格院公表 職業別年収番付 附・費用対効果番付』。行商人はこれを王都で仕入れ、読み書きのできる村の誰か(大抵は神殿帰りの隠居)に読ませて回るのだという。番付は、こうして大陸の隅々まで染みていく。
「一位、特級弁理士。年収四千五百万G。二位、王国公認会計士、四千万。……で、剣士はどこかっつうと」
ヨナスの太い指が、紙の下のほうを滑る。
「ここ。年収八十万から百五十万。危険度は上から数えたほうが早い。コスパ番付じゃ、下から七番目だ。『取るだけ損』って、王都の若いもんは言うらしいぜ」
「……魔法士は?」
「魔法士Cで年収三百万ってとこか。ただし、だ」
ヨナスは声を落とした。商人が値段の話をするときの声だった。
「受験料が、えげつねえ。魔法士Cで一万五千G。それだけじゃねえぞ、王都の連中は試験前に『予備校』ってのに通う。安い講座で五万、上等なのは三十万。おまけに来年度から、資格院サマは上級資格の受験料をまた上げるって噂だ」
一万五千G。
頭の中で、換算が走る。ハルムの農家が一年働いて、手元に残るのが良くて十万G。魔法士の受験料一回分は、村の家族の稼ぎの、二か月ぶん。予備校を足せば、半年ぶん。それを、落ちるかもしれない賭けに積む。
「そりゃあ、誰も受けねえよなあ」とヨナスは笑った。「受かりゃ三百万でも、受験料でスッカラカンになったら元も子もねえ。だから王都の若いもんは、みーんな会計士の予備校に並ぶのさ。あっちは受かりゃ四千万だ。……ま、受験料は五十万Gだがな! がはは」
笑い声を聞きながら、私は刷り物の番付を、上から下まで、二度読んだ。
一位から十位までは、書類と印章の仕事が並んでいる。下位には、剣士、農夫、坑夫、それから――治癒士。人の命を扱う資格が、コスパ番付の下から三番目にいた。備考欄に小さく『地方勤務・欠員多数』とある。
(この番付は、値札だ)
番付は、資格の難しさを測っていない。世の中への必要さも測っていない。ただ「いくら稼げて、いくら掛かるか」だけを測り、それが三千年の資格制度の、いちばん読まれる紙になっている。
そして私は、その値札のいちばん安い段の資格を、二つ受けに行こうとしていた。
「兄ちゃんは、ほんとに剣士を受けんのか」ヨナスが、荷台から私の顔を覗き込んだ。「悪いこたぁ言わねえ。その頭なら、何年か掛けて金を貯めて、会計士ってやつを狙うのも――」
「ヨナスさん。一つ、聞いていいですか」
「おう?」
「この番付に、載っていない値段があると思うんです。……去年、この村で、腹下しで死んだ子どもは一人。今年は、今のところゼロです。石灰、麻袋一つで八十Gでした。この八十Gは、番付のどこに書けばいいんでしょう」
ヨナスは、ぽかんとした。それから、刷り物と、白い縁取りの溝と、私の顔を順に見て、荷馬車の御者台を、ばん、と叩いた。
「――かーっ! 兄ちゃん、あんた商人に向いてるよ! 『番付に載らねえ値打ちを買え』ってな、うちの親父の口癖だ!」
向いているかどうかはさておき、商人資格が実在することは、図鑑で確認済みである。それはまだ言わないでおいた。一度に受ける試験は、二つで十分だ。
ヨナスは石灰の代金から二十Gまけてくれ、ついでに「ブレナ行き、儂の荷馬車に乗ってけ。護衛代わりだ」と言ってくれた。護衛(当てられない剣士見習い)としての価値には多大な疑問が残るが、ありがたく頷いた。
残る問題は、ただ一つ。
受験料、三千五百G。手元には、二百五十G。




