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異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第五章「貴族の宴と神殿の影」

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第162話 商人C級合格


商人C級の実技試験は、「値切り」だった。


「あなたは、塩の仕入れ人です。私は、塩問屋です」


長机の向かいに座った試験官が、羊皮紙を一枚、すっと置いた。


元・商会の番頭。資格院に雇われて、二十年、同じこの椅子に座っている男だ。愛想のいい丸顔が、ルドガーそっくりだった。商人って、みんなこの顔になるんだろうか。


「言い値は、一袋三百G。あなたは、これを下げなければならない。――交渉、開始」


私は、深呼吸した。


(大丈夫。相手は試験官だ。怒鳴らないし、殴ってもこない。ドラゴンにも、宴の三十人にも、神官長にも会った。愛想のいい番頭一人くらい――)


目が、合った。


(――癒やしじゃなかった!!)


胃が、きゅうっと締まった。社交性、十二。


「……さ、三百Gは、高い、と思います」


「そうですか?」


番頭は、笑顔のまま、間を置かずに続けた。


「今年は塩が値上がりしておりましてね。輸送費がかさむんですよ。山賊が出まして、護衛を増やしましたので。ええ、三百Gは適正価格です」


すらすらすらっ。


押し流されて、言葉が出なくなった。


一秒。五秒。十秒。


私は、長机の木目を数えていた。


二十秒。三十秒。


「……交渉、続けますか?」


番頭が、眉を上げた。


前世の会議室でも、何度もこの三十秒を味わった。あのときは、三十秒たつと誰かが喋り出して、私の番は終わった。


でも、今日は終わらない。終わらせるのは、私が言う値段だけだ。


(……思い出せ。今朝、何を見た?)


そうだ。朝、『試験分析EX』が、採点のしくみを出していた。


【採点項目:最終価格のみ】

・交渉の過程、話し方、声の大きさ、目線、沈黙の長さ――すべて採点しない。


(……過程は、採点されない?)


声が小さくてもいい。目を合わせなくてもいい。三十秒黙ってもいい。


見られるのは、最後に決まった値段だけ。


――黙らない方法は、黙らないこと以外にもある。


ヘルガさんの言葉が、頭の中で鳴った。


(声で言えないなら……相手に、言わせればいいんだ!)


◇◇◇


「……なぜ、三百Gなんですか」


聞いた。それだけ。


「輸送費と、申し上げました」


「輸送費は、いくらですか」


「……一袋あたり、五十Gほど」


「去年は?」


「……三十Gでしょうか」


「去年の塩は、いくらでしたか?」


「……二百です」


――はい、出ました。


「去年が二百。輸送費が二十G上がった。……じゃあ今年は、二百二十Gじゃないんですか?」


愛想のいい丸顔が、ぴくっと動いた。


「い、いや、塩そのものも値上がりを」


「塩そのものは、いくら上がりましたか」


「……三十Gほど」


「では、二百五十G」


「いやいや、そこにうちの利益が」


「去年の利益は、去年の二百Gの中に入ってましたよね」


私は、羊皮紙に指を置いた。


「今年も同じ利益なら――二百五十Gの中に、ちゃんと入ってます」


番頭が、黙った。


さっきまで三十秒黙っていた男が、今、相手を黙らせていた。


(……すごいぞ、これ)


私は、自分から一度も値段を言っていない。相手が出した数字を、足しただけだ。


足し算は、前世の十一年で一番使った技だ。点数を足して、受験料を足して、貯金から引いた。足して引くだけで、十一年が過ぎた。


その足し算が、今、塩の値段を下げている。


「……二百五十G。合意します」


◇◇◇


番頭は、記録板に何か書いて、私を見た。


「あなた、商売の経験は?」


「ありません」


「ですよね」


即答された。


「目を合わせない。声が小さい。三十秒黙る。……普通なら、不合格です」


番頭は記録板をくるっと裏返した。


「ですが、最終価格が二百五十G。合格ラインは、二百八十Gです」


三十G、下回っていた。


「――合格」


番頭は、ふっと笑った。


「あなたの交渉は、交渉じゃありません。尋問です。……でも、尋問で値段が下がるなら、それは立派な商人の技術ですよ」


ファンファーレが、鳴った。


【資格取得】『商人(C級)』

→ 能力上昇:魅力+6 知力+4

→ スキル獲得:『交渉 Lv1』『在庫管理 Lv1』『度量衡 Lv1』

→ 職業解放:『商人』

保有資格:15 / 12,000


金色の光が、二階の低い天井の下で、くるくると螺旋を描いた。


番頭が、ぽかんと天井を見上げた。


「……光る商人は、初めて見ました」


今度の笑い方は、愛想笑いじゃなかった。


「二十年、この椅子に座ってますがね。あなたみたいな受験者は、二人目ですよ」


「二人目?」


「一人目は、十二年前。一度も自分から値段を言わずに、相手に全部言わせて、受かりました」


「その人は、今……」


「商会で、番頭をしてますよ。――私を雇った商会の、ね」


番頭は、立ち上がって扉を開けた。


「一人目は、商会に入りました。あなたは――どっちに行きますか?」


◇◇◇


刻印の日。神殿の水盆の前で、神官のヴィンセントが私の願書を見た。


「……商人、ですか。魔物調理師の次に、商人」


「はい」


「レオン殿。上では、あなたの資格の並びには『筋がない』と言われています」


彼は、指を三本ずつ折って数えた。


「剣士、下水清掃士、雑草判定士、スライム鑑定士、気象観測士、消毒衛生士、調理士、衛生管理士、栄養管理士、魔物調理師……そして、商人」


「筋がないと、何か困りますか?」


「困りません。……ただ、読めないのです」


「ちなみに、次は簿記士B級です。その次は、家計設計士を考えています」


「……かけい?」


「家計です」


ヴィンセントは、水盆の水を、指で一回だけ撫でた。


読めない並びが、また一つ長くなる音を聞いたような顔をしていた。


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