↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第五章「貴族の宴と神殿の影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
145/154

第145話 宴への招待


 招待状には、封蝋がついていた。


 アシュベリー家の紋章である。レオポルドの父の家だった。


『魔物調理師レオン・シラハネ殿。

 来る刻印日の夜、当家の宴において、

 料理を一品、供されたし。

 食材は当家より用意する』


「……宴、だってさ」


 マーサが鍋を掻きながら言った。


「ゲテモノ資格が、初めて役に立ったね」

「初めて、では」

「下町の炊き出しは、役に立ってるんじゃない。あんたが勝手にやってるんだ」


 彼女は鍋から目を上げなかった。


「役に立つってのは、金になるって意味だよ」


 皮肉ではなかった。事実として言っていた。


 三年、この厨房で二十三人分の鍋を掻いてきた女の、金の定義である。


 彼女は鍋を掻く手を止めずに、続けた。


「……で、行くのかい」

「行きます」

「あんた、宴の席で何を言うつもりだい。貴族の前で、井戸の話をするんじゃないよ」

「します」

「するのかい」


 彼女は匙を鍋の縁に置いた。


「……言っとくけどね。上町の宴で平民が口を開いて、良いことになった話を、私は三十年聞いたことがないよ」


 三十年、彼女はこの下町で店を開けてきた。開けてきた三十年のあいだに、上町で何が起きたかを、彼女は客の話で知っている。


 客の話は、たいてい誰かが黙らされた話である。


◇◇◇


 招待状を、ミラとアンナに見せた。


 封蝋つきの紙である。アンナは紋章を見て、少し後ろに下がった。


「……アシュベリー家です。学院の、三年のレオポルド様の」

「知っているのか」

「学院の廊下で、見ます。……平民枠の生徒は、道を譲ります」


 譲る、という言い方だった。決められているわけではないらしい。決められていないことを、全員がやっている。


「レオン。……行くんですか」

「行く」

「食材が、五万Gです」

「……読めたのか」


 アンナは招待状の裏を見ていた。裏に、商会の添え状が留めてあった。


「読めます。……数字は、読めます」


 ミラは紋章を見なかった。見たのは、私の右手だった。


「……手、震えるでしょ」

「震える」

「震えたままでいいの?」

「震えたまま切る方法は、覚えた。……焼く方法は、まだ覚えていない」


 アンナが招待状を畳んだ。畳み方が丁寧だった。封蝋を潰さないように、折り目を紋章の外に取っていた。


「……レオン。板は、持っていきますか」

「持っていく」

「宴の席に、板を」

「書く場所がないと、考えられません」


 彼女は少し笑った。


「……私も、持っていきます。実習に」


 平民枠の生徒が板を持って実習に出るのを、学院の誰かが止めるかもしれない。止められたら、彼女はまた縦線を引いて、右の欄に書くのだろう。


 『板を持って実習に出ていいか』。


 確かめていない欄の行は、確かめた者がいなければ、いつまでも右に残る。残った行の数が、その学院の決まりの数である。右に残った行は、誰かが怒られる形で左へ移る。怒られた者が二人目になれば、三人目は怒られない。


 なぜ呼ばれたのかは、ルドガーが教えてくれた。


 彼は荷馬車を解体場の門に止めて、御者台から降りずに喋った。


「三十年ぶりの課題二の合格者! 貴族というのはね、珍しいものが好きなんだ」


 彼は指を三本立てた。


「魔法士C級の首席。魔物調理師。震える手で卵を膨らませた、平民。……三つ揃っているのが珍しい。アシュベリー様が『見たい』と」


 見たい。


 珍しいものを見たいという言葉を、私は前世でも聞いたことがある。百七枚の額を、職場の誰かが見たいと言った。見て、笑った。笑い方は悪意ではなかった。


 悪意ではない笑いのほうが、思い出す回数が多い。


「食材はうちの商会が出す。ドラゴンの舌だ」

「……ドラゴン」

「推奨はB級だよ。C級でもやれる。やれれば、坊やの名前は上町に届く。届けばうちの商会に――」

「行きません」

「まあ、宴で決めなさい」


 彼は手綱を取った。


「舌は一つ、五万Gだ。失敗したら弁償だよ」


 五万G。


 魔物調理師の受験料の三倍である。解体場の日当で、七百五十日。


 払えない額だった。払えない額の食材を預けるのは、失敗したときに縛るためである。


 縛られていることを分かったうえで、私は行くと答えた。


 行く理由は、財務理事が来ると聞いたからだった。


◇◇◇


 刻印日の夕方、上町のアシュベリー邸へ行った。


 三階建てだった。窓にガラスが入っている。下町でガラスが入っている窓は、資格院の受付棟だけである。


 庭に噴水があった。


 水に手を入れると、温かかった。湯気が立っていた。温水魔法である。


 庭の噴水に温水魔法を使う家だった。


 同じ術式で、下町の井戸の水を温めれば、冬に子どもの手が切れなくなる。切れた手から入る病があることを、私は衛生管理士の答案に書いた。


 答案は、受かった。受かった答案は、地下の棚に行った。


 噴水は、庭にある。


 玄関で、従者に止められた。


「料理人は、裏口から」


 裏口へ回った。回る途中で、噴水の湯気が顔にかかった。


◇◇◇


 厨房は、銀のスライム亭の五倍あった。


 竈が六つ。作業台が四つ。鉄の鍋が壁に十二掛かっている。料理人が十人いて、全員が商会の紋章をつけていた。


「震える手の平民か」


 一人が顎で奥を示した。


「舌はあそこだ。頑張れよ。五万Gだ」


 奥の作業台に、赤黒い肉の塊があった。


 私の腕ほどの太さで、背丈ほどの長さがあった。


 魔素の匂いが、厨房の他の匂いを全部押しのけていた。十人の料理人が、誰もその作業台の近くで仕事をしていなかった。


 近づかない理由を、私は『毒判定Lv2』で確かめた。


 表面の粘液が、赤く光っていた。触れれば皮膚が爛れる濃さである。奥の山の、上の尖った木札三枚と同じ色だった。


「……手袋は、ありますか」

「厨房に手袋はない。料理人は素手だ」

「では、私のを使います」


 私は懐から手袋を出した。二百Gの、新しい革の手袋である。


 三つ買ったうちの、一つだった。


【ドラゴンの舌(レッドドラゴン・成体)】

 毒性:極大(表面粘液・内部魔素)

 可食部:中心部の筋組織。

     外層二センチは除去必須。

 推奨処理:魔物調理師B級以上


 外層、二センチ。


 オークの毒腺は、糸二本分だった。これは、二センチである。


 包丁を握った。


 震えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。