第141話 魔物調理師C級
合格者は、一名だった。
十四名のうち、課題一で九名が可。課題二で、一名が可。
合格率、七パーセント。「厳密な採点」のせいで、十一パーセントより低くなった。
その一名が、私だった。
『魔物調理師(C級) 合格者
レオン・シラハネ
※課題二、三十年の記録で初の完全達成』
一行しかない掲示だった。下から読む必要がなかった。
掲示の前に、十年の手の男が立っていた。彼は一行を読んで、それから自分の名前がないことを確かめた。確かめ方が静かだった。確かめ慣れている手順である。
「……来年も、来る」
「受験料が」
「十年貯めた。……今年で半分使った。あと五年だ」
彼は掲示に背を向けた。
「あんたの切り方は、俺には使えん。……だが、肉を減らさん切り方があるってことは、覚えて帰る」
「紙は、送ります」
「……ああ」
彼は掲示をもう一度見た。見て、一行の下の余白を見た。
余白には、何も書いていなかった。落ちた十三人の名は、どこにも出ない。
出ないことを、彼は十年、知っていたはずである。知っていて、十年貯めた。
掲示の前から、彼は歩いていった。歩き方は、来年も来る人間の歩き方だった。
来年の受験料が五倍のままなら、彼はあと五年分を数えることになる。
五年後、彼は四十を過ぎている。四十を過ぎた手で、十五年分の肉を減らさない切り方を覚える。
覚える時間は、紙が届けば縮む。
縮めるのは、紙である。紙を書くのは、資格を持った者でなくてもいい。書けさえすれば、誰でもいい。字が遅くてもいい。遅い字でも、十年は縮む。縮んだ十年のあいだに、その手は肉を減らさずに切る。減らさなかった分が、どこかの村の椀に入る。椀に入った分を、数える者は誰もいない。数えない分が増えることを、私は資格の目的に数えている。
◇◇◇
刻印は、資格神殿だった。
白い床。高い天井。聖水の水盆。ヴィンセントがいた。
彼は願書を見た。魔物調理師。ゲテモノ資格と呼ばれるもののうちの、四つ目である。
彼の顔には、何も浮かばなかった。何も浮かばないことが、何かだった。
聖水に手を浸した。
ファンファーレが鳴った。
♪♪♪♪♪
【資格取得】『魔物調理師(C級)』
→ 能力上昇:HP+20 敏捷+12 知力+18 筋力+3
→ スキル獲得:『解体術 Lv1』『毒判定 Lv2』
『栄養分析 Lv2』『包丁精密操作 Lv2』
→ 職業解放:『魔物料理人』
→ 資格シナジー検出:
『調理士』×『衛生管理士』×『栄養管理士』×『魔物調理師』
= 複合職業『食の安全管理者』に昇格
→ 権限解放:『魔物由来食材の、加工・流通許可』
保有資格:14 / 12,000
敏捷プラス十二。知力プラス十八。
難度に比例して、成長の幅が変わる。魔物調理師C級は、C級である。
だが、祝福が見ていたのは等級ではなかったらしい。二か月、震える手で肉を切り続けた試験である。前世のまな板を、包丁で切り直した試験でもあった。
金の光が、白い床の上を螺旋に昇っていった。
「レオン殿」
ヴィンセントが水盆の縁に手を置いた。
「あなたの十四の資格のうち、ゲテモノと呼ばれるものは、これで四つ目です。……魔法士C級の首席が、なぜ、これらを」
「面白いからです」
彼はその言葉を、口の中で繰り返した。繰り返して、水盆を見た。
「神殿は、あなたの刻印を見ています。……四つ目のゲテモノまで」
見ている、と彼は言った。見ているのは神殿なのか、彼なのか、彼の上にいる誰かなのかを、彼は言わなかった。
水盆の向こうに、痩せた神官が立っていた。
以前、金の光を見上げて顔を固くした神官である。彼は今日も見上げていた。見上げてから、私の手を見た。
震えている手である。
彼はその手を、長く見ていた。
◇◇◇
資格院の受付で、流通許可の届けを出した。
書記がいた。彼は記録板ではなく、受付の帳簿を持っていた。
「合格、おめでとうございます。課題二を、本当に最後まで達成したのは、私が見た中で初めてです。……備考欄に、書きました」
「何と」
「『殻を割らずに内部を凝固させた。方法は、気圧の変化で殻を振動させ、卵液の内部で熱を生じさせた』。……そのまま書きました」
そのまま書かれた備考欄が、三千年分の地下に積まれる。
「流通許可の届けですね。第十五条。『流通先を、資格院に、届け出ること』」
私は届け先を書いた。
『銀のスライム亭(東三番通り)。
および、同店の、炊き出し』
書記は規程を開いた。第十五条。第十六条。それから、二十四条を全部めくった。
私が四十日かけて読んだものを、彼は四半刻で読んだ。
「……流通先に、制限はありません。規程は『届け出ること』としか書いていません。貴族向けとも、商会向けとも、書いていない」
「三十年、届けは」
「全部、商会です。……商会以外の届けが、なかっただけです」
彼は印を取った。
「受理します。前例はありませんが」
印が落ちた。
彼は薬包を出して、水なしで飲んだ。
受付の奥で、ヘルガが帳簿から顔を上げた。
上げて、こちらを見た。何も言わなかった。言わない代わりに、帳簿の端に何か書き足した。
朝、受験料の額の横に書き足したのと、同じ場所だった。
◇◇◇
解体場に戻ったのは、日が落ちてからだった。
小屋に明かりがついていた。ドルフが作業台の脇に座っていた。右手は吊ったままである。ユルゲンが山の手前で、木札を削っていた。削る手が止まっていた。
私は木札を差し出した。
魔物調理師、C級。角の欠けていない、新しい木札である。
ドルフは左手でそれを受け取った。受け取って、指で表を撫でた。字を読むとき、彼は指で追う。
追い終えて、彼は木札を作業台に置いた。
「……明日、閉鎖されんのか」
「されません。……暫定ではなく、資格です」
彼は何も言わなかった。
長いあいだ言わなかった。鉤のオークが、少し揺れていた。
やがて、彼は左手を自分の右手に伸ばした。伸ばして、動かない指を一本ずつ曲げた。
曲げて、何も持たせないまま、握った形にした。
「……四十年目に、紙が要るようになった」
ユルゲンが山の手前で、声を上げずに泣いていた。削った木札を、彼は三枚、同じ丸で刺していた。




