第131話 口で教える
ドルフは、三日後に解体場へ来た。
右手を布で吊っていた。左手で戸を開けた。開けて、鉤のオークを見た。見て、作業台の私を見た。
「……切ってるか」
「……はい。三度に二度、汚染します」
「二度か。……昨日は」
「三度に一度でした」
彼は鼻を鳴らした。笑ったのだと思う。
彼は作業台の脇に座った。左手で木炭を取った。右手は吊ったままだ。
左手で板に絵を描いた。左手の絵は右手の絵より下手だった。線が揺れていた。だが、毒腺の二度の曲がりは正確だった。
「……口で、教える」
彼は言った。
「手は動かん。動かん手で教えることはできん。……だが、口は動く。四十年、俺は手で教えた。手が教えられんなら、口だ」
「……親方」
「手は、お前が使え」
彼は私の右手を見た。
「お前の手は震える。俺の手は動かん。……震える手と動かん手で、一人分だ。俺が言う。お前が切る。……二人で一人の魔物調理師だ」
私は包丁を握った。
「……肩肉。鉤から下ろせ。……左の鉤だ。今朝のいいやつだ」
私は下ろして、作業台に載せた。
「触れ。位置を言え」
「……肩の骨の下。指、三本分。……筋の間」
「そうだ。……刃を当てろ。壁の外側。……まだ入れるな」
私は刃を当てた。震えていた。
「……震えの幅を見ろ。……一ミリより大きいか」
「……大きいです」
「息を吐け。……止めるな。吐きながらだ」
私は息を吐いた。吐きながら、刃を見た。震えの幅が――
「……小さく、なった」
「息を止めると震えは大きくなる。吐いているときが一番小さい。……四十年、俺もそうだった。俺の手も震えた。三年、震えた。震えなくなったんじゃない。吐きながら切るのを、覚えた」
彼は震えていたのだ。四十年前に。
「……入れろ。吐きながら。壁の外側をなぞれ。二度、曲がる。一度目はこの骨の下」
私は入れた。吐きながら。刃が壁の外側をなぞった。一度目の曲がり。彼の声が私の手を導いた。二度目の曲がり。首の付け根。
抜いた。
切断面を見た。
白かった。
ドルフが左手で切断面を押さえて、覗いた。長いあいだ覗いていた。
「……汚染、なし。……壁の外側、ぴったりだ」
彼はそう言って、それから初めて笑った。声を出して。四十年の解体場に、その声が響いた。
「……口で教えるほうが上手いかもしれん。俺は」
私は包丁を置いた。右手は震えていた。震えたまま、白い切断面を作った。
ユルゲンが山の手前から走ってきた。彼は切断面を見た。見て、私の手を見て、親方の吊られた右手を見た。
彼は何も言わなかった。言えなかったのだと思う。あれだけ口が達者な男が。
その日、私は三体切った。三体とも白かった。
ドルフの声が、三体分、私の手を導いてくれたのだった。




