第13話 毒草と薬草婆ヒルダ
ヒルダの小屋は、村はずれの森の際に、キノコのようにうずくまっている。
戸を叩くと、返事の代わりに「開いてるよ」と嗄れ声がした。中は、天井から吊るされた乾燥草の束で、森を逆さにしたようになっていた。囲炉裏の火が、草の影を壁に揺らしている。薬草婆ヒルダ。歳は誰も知らない。村で唯一、産婆と看取りと薬湯の三つを引き受けてきた老女である。
「夜中に若いのが二人。……ああ、西の羊かい」
もう耳に入っているらしかった。私は事情を話した。明朝、雑草判定士の試験を受けること。十種の判別。一つも外せないこと。
ヒルダは囲炉裏の火を掻きながら、ふん、と鼻を鳴らした。
「判定士なんて資格、あたしの婆さまの頃には、村に一人はいたもんさ。今じゃ領主町にだって数えるほどだろ。……いいよ。今夜は寝かさないから、覚悟おし」
そこからの一夜を、私は生涯忘れないと思う。
ヒルダは吊るした草束を次々に降ろし、囲炉裏の明かりの下に並べた。曰く、「春の毒は若さの毒」。毒草の多くは、若芽のうちが一番毒が強く、しかも食える草の若芽と似る。曰く、「白い小花は疑え」。曰く、「牛は避けるが羊は食う。羊は馬鹿じゃない、腹が減ってるだけさ」。
私はその一つ一つを、図鑑の『雑草判定士』教本(公開部分)と突き合わせた。空中の光の板に、ヒルダは最初「なんだいその行灯は」と眉をひそめたが、私が教本の頁を読み上げると、身を乗り出した。
「『裂葉、中空茎、白色散形花。全草に毒。特に根。牛馬は忌避するが緬羊は誤食しやすい』――婆さんが今言ったのと、同じことが書いてあります」
「……お見せ」
ヒルダは光の板に顔を近づけ、老眼を細め、長いこと文字を追った。彼女は字が読める。村では珍しいことだ。読み終えて、彼女はゆっくりと身を引き、囲炉裏の火を見た。
「本に書いてあることと、同じだ」
その声には、驚きと、それから、もっと複雑なものが混じっていた。
「あたしはこれを、婆さまから口移しで教わった。婆さまも、そのまた婆さまから。……途中で消えた話も、たくさんあるんだろうね。文字にしときゃ、消えなかったのに。この村にゃ、書ける者も読める者もいなかったから」
囲炉裏の火が、ぱちりと爆ぜた。
「レオン、といったね。あんたのその行灯には、あたしの知らないことも書いてあるのかい」
「たぶん。……逆に、ヒルダさんが知っていて、ここに書いていないことも、たくさんあると思います。さっきの『羊は腹が減ってるだけ』は、教本にはありませんでした」
ヒルダは、しわの奥の目を細めた。笑ったのだと、少し遅れて分かった。
「なら、あいこだ。続けるよ。次はこれ。噛むと舌が痺れる。判定士の試験じゃ、昔から必ず出たもんさ――」
窓の外が白み始める頃、私の頭の中には、三十を超える草の名と、毒と薬の境目が、ヒルダの声の調子ごと収まっていた。『記憶強化Lv1』と『学習効率向上Lv3』が、一晩中、静かに働き続けてくれた。リーゼは草束を枕に、囲炉裏の脇で丸くなって眠っている。彼女も途中までは真剣に聞いていて、「山菜のほうだけ教えて」と言って三種を完璧に覚え、満足して落ちた。実に効率のいい勉強である。
帰り際、ヒルダは私の袖に、小さな乾燥草の束を押し込んだ。
「胃の腑の薬草だ。試験ってのは、腹にくるからね」
それから、戸口で、独り言のように付け加えた。
「石灰の話も、湯冷ましの話も、聞いてるよ。……祈祷より効いたそうじゃないか。今度、あんたの行灯の『水』のところ、あたしにも読んどくれ」




