第12話 雑草判定士、実在する
宴の終わり際に、その報せは駆け込んできた。
「羊が死んでる! 西の放牧地で、二頭!」
牧夫の少年の声に、宴の輪が崩れた。男たちが松明を掴んで走り、私も後を追った。ヴィム審査官までが、役人の性なのか、登録簿を小脇に抱えたままついてきた。
西の放牧地の隅、若草の中に、羊が二頭、横倒しになっていた。口の周りが泡で汚れ、腹が不自然に張っている。まだ温かかった。
「昼間は元気だったんだ」と牧夫の少年が半泣きで言う。「夕方、柵の外の草を食わせてただけで」
柵の外。私は松明を借り、羊が倒れている周りの草むらを照らした。若草に混じって、見慣れない草が群れをなしている。茎が中空で、細かく裂けた葉。白い小花の蕾。
(……この形、どこかで)
前世の記憶ではない。この冬、薬草婆ヒルダの小屋に通って写し取った、彼女の言葉の中にあった。「春先の柵の外は歩かせるな」。理由を聞くと、婆は「昔からそう言うんだよ」としか答えなかった。
昔からそう言う。掟第七条と同じだ。知恵はある。「なぜ」が失われているだけで。
私は空中に図鑑を呼び出した。松明の輪の中で光の板が開き、男たちが「うおっ」と一歩引く。宴で一度見ているので、二歩は引かなかった。慣れとは偉大である。
検索欄に「毒草」「判定」。
【検索結果】
・『雑草判定士(E級)』 受験料:500G 合格率:74%
――農地・放牧地における有用草と有害草の判別を認定する。
試験形式:実地判定(十種の判別)および口頭試問。
備考:巡回審査官による出張試験が可能。
「……あるの!?」
声が、裏返った。
雑草の、判定の、資格。前世でこれを人に言ったら鼻で笑われるだろう。だがこの世界では、羊が二頭死んだ夜に、これほど頼もしい六文字はなかった。しかも備考欄を見よ。巡回審査官による出張試験が可能。巡回審査官なら、今、私の隣で登録簿を抱えて立っている。
「ヴィムさん」
「……嫌な予感がするな」
「雑草判定士E級の試験を、受けたいのですが。出張試験が可能と、要項に」
ヴィムは天を仰ぎ、それから死んだ羊を見、松明の男たちを見、最後に私を見た。
「本気か。お前、今日、村人になったばかりだぞ。資格というのはな、普通は何年かに一つ、人生の節目に取るものだ」
「はい。ですが、羊が死にました。来月は仔羊が放牧に出ます。判定できる者が村に一人いれば、柵をどこに立て直すべきか、根拠をもって決められます」
我ながら、もっともらしい理屈だった。もっともらしい理屈の下で、本音が「受けたい、早く受けたい」と足踏みしていることは、黙っておいた。
ヴィムは長いこと唸り、村長と目を見交わし、死んだ羊をもう一度見た。役人の判断基準は、いつの世も「前例」と「実害」である。前例はないが、実害は目の前に二頭、転がっていた。
「明朝だ。明朝、儂がロバで発つ前に、そこの放牧地で実地試験をやる。十種の判別、一つでも外せば容赦なく落とす。受験料五百G、先払い」
「ありがとうございます!」
五百G。村人E級の祝いにと、マルテが持たせてくれた小袋の銀貨が、そっくりそのまま消える額だった。私は一瞬も迷わなかった。マルテには明日、薪割り十日分で謝ろう。
解散間際、リーゼが呆れ顔で近づいてきた。
「あんた、今日、成人したばっかりの日に、もう次の試験の話してるの、自覚ある?」
「ある。……駄目だろうか」
「駄目とは言ってないでしょ。ただ」
彼女は死んだ羊のほうを一度見て、それから、ぷいと横を向いた。
「ヒルダ婆のとこ、行くんでしょ。夜道、暗いから。ついてってあげる。あたしも山菜と毒草の見分け、ちゃんと知りたいし」
松明を一本分けてもらい、私とリーゼは、村はずれの薬草婆の小屋へ、夜道を歩き出した。試験まで、あと半日である。前世基準で言えば無謀な一夜漬けだが、幸い、教材のほうから小屋で待っていてくれる。




