第127話 隣で野菜を切る
夜が明けた。
作業台の上に、籠が三つあった。
一つ目は、昨夜ミラが抱えてきた籠だった。明日の炊き出しの野菜。
残る二つは、夜の間に彼女が食堂へ取りに戻って、運んできたものだ。女将が市場の引けに安く買う、ひび割れた蕪や、外葉の傷んだ菜。炊き出しのために、地下の木箱に三日分、いつも積んである。
三つとも、もう籠ではなかった。切った野菜が籠を溢れて、作業台の上に山になっていた。人参。蕪。クズ野菜。全部、ざくざくに切られていた。
ミラはまだ切っていた。私も切っていた。
いつ夜が明けたのか分からなかった。小屋の天窓から灰色の光が差していた。
ミラの包丁は速かった。私の包丁は震えていた。震えていたが、止まらなかった。
「……レオン」
ミラが包丁を止めた。一晩で初めて口を開いた。
「手、見て」
私は右手を見た。
震えていた。だが――
「……幅が」
小さかった。昨夜より。三日前より。震えの幅が、目で見て分かるほど小さくなっていた。
一晩震えたまま切り続けた手は、震えを止めなかった。止めない代わりに、震えの中で包丁を動かす道を覚えていた。
牛追いと同じだ。牛は力では動かない。私の手も意志では止まらない。止まらないなら、止まらないまま使う道を探す。
「……震えの幅を、一ミリより小さく」
ドルフの言葉だ。
「一晩で、そこまでは行っていない。でも」
私は包丁を置いた。置いて、ミラを見た。
彼女の顔は疲れていた。目の下が黒い。夜の炊き出しの後、一晩中ここで野菜を切っていたのだ。
「……ミラ。なぜ、切った」
「なぜって」
彼女は山になった野菜を見た。
「レオンが怖いって言ったから。……怖いって言う人に『怖くない』って言っても、怖いままでしょ。私も、怖いことは怖いもの。……だから、隣で切った。それだけ」
「……一晩」
「一晩。……二度、食堂に取りに戻った。地下の箱から。……レオンが止めないから、籠が空になったら、そこで終わりになっちゃうでしょ」
彼女は作業台を見た。
「……ねえ、レオン。この野菜、どうする」
私は山を見た。
炊き出しは二十三人分だ。山は、その二日分はあった。五十人分と、少し。
「……スープにする。魔物肉はまだ卸せない。でも、野菜のスープなら。……女将さんに頼む」
ミラは笑った。疲れた笑いだった。
「女将さん、『採算が合わない』って怒るよ」
「怒りながら、鍋を出してくれる」
「……そうだね」
彼女は包丁を籠にしまって、立ち上がった。立ち上がって、少しふらついた。私は腕を掴んだ。
「……ありがとう」
私はそれを言った。言い慣れない言葉だった。前世で、私はそれをあまり言わなかった。言う相手がいなかった。
「どういたしまして。……レオン、私、寝る。炊き出し、昼から。……野菜、運んでね」
彼女は小屋を出ていった。
私は作業台の野菜の山を見た。一晩分の、二人の包丁の跡だった。
ドルフが来た。彼は戸口で山を見た。見て、私の右手を見た。何も言わなかった。
言わない代わりに、鉤から今日の分の肩肉を下ろした。
「……切れ」
私は切った。
震えていた。刃を毒腺の壁の外側に当てた。当てて、引いた。震えの中で。二度曲がって。肩から首へ。
切断面を見た。
白かった。
ドルフが覗き込んだ。長いこと覗き込んだ。角度を変えて、もう一度覗いた。
「……汚染、なし」
彼はそれを言って、それから山になった野菜をもう一度見た。
「……あの娘か」
「はい」
「……一晩、隣で切ったのか」
「はい」
ドルフは鼻を鳴らした。
「……お前が資格を取れるかどうかは、あの娘の頑張り次第だな」




