↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第三章「実技への恐怖」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
126/157

第126話 怖い


 三日続けて、汚染した。


 三日目の夜、私は解体場の作業台の前に座っていた。ドルフは帰っていた。ユルゲンも。小屋の中には、私と、鉤に吊るされた明日の分のオークだけがあった。


 右手を見た。


 震えていた。三日切って、三日破った。震えの幅は変わらなかった。一ミリより大きい。

 位置は分かる。壁の外側も分かる。分かっていて、刃がそこへ行かない。


(……なぜだ)


 木剣は置けた。相手の軌道の終点に。震えたまま。

 魔光棒は握れた。風を読んで。震えたまま。

 魚は切れた。ぼろぼろだが。震えたまま。


 毒腺は、切れない。


 違いは何だ。


 私は板を開いた。開いて、三日前に書きかけて止めた言葉の場所を見た。空白だった。


 書いた。


『怖い』


 書いて、しばらくそれを見ていた。


 怖い。

 木剣は当たらなくても誰も死なない。魔光棒は火球が逸れても、私が焦げるだけだ。魚はぼろぼろでも、骨と鱗さえ分ければ食べられる。


 毒腺は違う。一ミリ外せば、毒が肉に滲む。滲んだ肉を私が見落とせば。見落として、百人に卸せば。百人が――


 フグ。


 あの夜、私は怖くなかった。理論上、死角がなかったから。怖くなかったから、水洗いを雑にした。


 今は、怖い。


 怖いから、刃が行かない。


「――レオン?」


 小屋の戸が開いた。ミラだった。籠を抱えて。夜の炊き出しの帰りらしかった。


「女将さんが、『あの坊やが帰ってこない』って。……ここにいると思った」


 彼女は作業台の脇に座った。座って、私の板を見た。板には一つの言葉が書いてあった。彼女はその字を読めた。私が教えた字だった。


「……怖い?」

「……ああ」


 私はそれを口に出した。初めてだった。


「……怖い。毒腺を切るのが。一ミリ外したら、毒が滲む。滲んだ肉を見落として、百人が腹を壊す。……それが怖い。剣も、火球も、魚も怖くなかった。毒腺は、怖い」


 ミラは何も言わなかった。


 励まさなかった。「大丈夫」とも、「レオンならできる」とも言わなかった。

 彼女は籠を床に置いた。籠の中には明日の炊き出しの野菜が入っていた。人参。蕪。クズ野菜。


 彼女は野菜を一つ取って、作業台の隅に載せた。自分の包丁を出した――彼女はいつも籠に包丁を入れている。


 切った。ざくざくと。


 私はそれを見ていた。彼女は何も言わずに切り続けた。人参。蕪。ざくざく。音だけが小屋に満ちた。


 私は板を閉じた。閉じて、自分の包丁を取った。作業台の反対側の隅に野菜を載せた。籠から勝手に取った。ミラは何も言わなかった。


 切った。震えていた。ざくざくと。


 二人で野菜を切った。小屋の中に包丁の音だけがあった。二つの包丁の音。速いものと、遅いもの。


 私の右手は震えていた。だが、切れた。

 野菜は怖くない。野菜は私を殺していない。誰も殺していない。


 震えたまま、切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。