第126話 怖い
三日続けて、汚染した。
三日目の夜、私は解体場の作業台の前に座っていた。ドルフは帰っていた。ユルゲンも。小屋の中には、私と、鉤に吊るされた明日の分のオークだけがあった。
右手を見た。
震えていた。三日切って、三日破った。震えの幅は変わらなかった。一ミリより大きい。
位置は分かる。壁の外側も分かる。分かっていて、刃がそこへ行かない。
(……なぜだ)
木剣は置けた。相手の軌道の終点に。震えたまま。
魔光棒は握れた。風を読んで。震えたまま。
魚は切れた。ぼろぼろだが。震えたまま。
毒腺は、切れない。
違いは何だ。
私は板を開いた。開いて、三日前に書きかけて止めた言葉の場所を見た。空白だった。
書いた。
『怖い』
書いて、しばらくそれを見ていた。
怖い。
木剣は当たらなくても誰も死なない。魔光棒は火球が逸れても、私が焦げるだけだ。魚はぼろぼろでも、骨と鱗さえ分ければ食べられる。
毒腺は違う。一ミリ外せば、毒が肉に滲む。滲んだ肉を私が見落とせば。見落として、百人に卸せば。百人が――
フグ。
あの夜、私は怖くなかった。理論上、死角がなかったから。怖くなかったから、水洗いを雑にした。
今は、怖い。
怖いから、刃が行かない。
「――レオン?」
小屋の戸が開いた。ミラだった。籠を抱えて。夜の炊き出しの帰りらしかった。
「女将さんが、『あの坊やが帰ってこない』って。……ここにいると思った」
彼女は作業台の脇に座った。座って、私の板を見た。板には一つの言葉が書いてあった。彼女はその字を読めた。私が教えた字だった。
「……怖い?」
「……ああ」
私はそれを口に出した。初めてだった。
「……怖い。毒腺を切るのが。一ミリ外したら、毒が滲む。滲んだ肉を見落として、百人が腹を壊す。……それが怖い。剣も、火球も、魚も怖くなかった。毒腺は、怖い」
ミラは何も言わなかった。
励まさなかった。「大丈夫」とも、「レオンならできる」とも言わなかった。
彼女は籠を床に置いた。籠の中には明日の炊き出しの野菜が入っていた。人参。蕪。クズ野菜。
彼女は野菜を一つ取って、作業台の隅に載せた。自分の包丁を出した――彼女はいつも籠に包丁を入れている。
切った。ざくざくと。
私はそれを見ていた。彼女は何も言わずに切り続けた。人参。蕪。ざくざく。音だけが小屋に満ちた。
私は板を閉じた。閉じて、自分の包丁を取った。作業台の反対側の隅に野菜を載せた。籠から勝手に取った。ミラは何も言わなかった。
切った。震えていた。ざくざくと。
二人で野菜を切った。小屋の中に包丁の音だけがあった。二つの包丁の音。速いものと、遅いもの。
私の右手は震えていた。だが、切れた。
野菜は怖くない。野菜は私を殺していない。誰も殺していない。
震えたまま、切った。




