第124話 ドルフの顔色
その夜、ドルフは小屋に残った。
いつもなら日没で帰る。彼には家がある。妻がいる。
だがその夜、彼は作業台の前に座っていた。鉤には何も掛かっていなかった。彼は自分の両手を見ていた。
「……親方」
「……レオン。座れ」
私は座った。作業台の木は、長年の血と脂で黒く光っていた。
「三度に一度失敗する、と言ったな。……肩肉の毒腺は、俺は三年で覚えた。三年で失敗しなくなった。……だが卵は、四十年で一度しかやっていない。一度で失敗した」
彼は両手を握った。
「お前は二十日で毒腺の位置を当てた。……卵はどうだ。何日で卵を割らずに加熱調理できるようになる?」
「……分かりません。方法が、まだ」
「方法が、まだ、か」
彼は鼻を鳴らした。笑ったのだと思う。
「……俺は四十年、方法を探さなかった。三年前、貴族に投げられて、それきりだ。『割らずに加熱』はできないものだと思った。できないものは探さない。……お前は探すのか」
「……探します。『方法は、問わない』と書いてありますから」
彼は私を見た。
「……問わない、から、探す、か」
彼は立ち上がって、小屋の裏へ歩いた。
裏には肉の山がある。月が照らしていた。彼は山の手前を見た。毒の弱い部位。虫のない部位。私が木札を刺した部位。
「レオン。……お前の板に、『毒さえ抜けりゃ百人食える』と書いてあるか」
「……書いてあります。親方の言葉です」
「その百人に、卵は要らん」
彼は山を見たまま言った。
「肩肉があれば、百人食える。卵は貴族の道楽だ。……試験に卵があるのは、道楽のためだ。百人のためじゃない。……道楽の課題で、百人が食えなくなる」
彼の声が少し震えていた。四十年、震えなかった声が。
「……三十年、この課題があった。三十年、受かる者が年に一人か二人だった。その一人か二人は、貴族の商会に行った。……三十年分の百人が、裏の山で腹を壊した」
彼は振り向いた。
「……お前が受かれ。卵を割らずに加熱して。……方法は問わんそうだ。なら、問われん方法を見つけろ。俺の四十年はそれを見つけなかった。お前の板は、見つけるかもしれん」
私は立ち上がった。
「……親方。明日から肩肉を切ります。震えたまま」
「そうしろ。……練習の肉は俺が出す。廃棄の肩肉だ。……毎日、一体」
彼はそう言って、それから少し間を置いた。
「……いや。廃棄の肩肉は、毒腺が傷んでいる。練習には向かん。……明日、俺がいいのを取ってくる。裏の山の、奥から」
裏の山の奥。毒の強い部位を積む場所だ。
「親方、奥は」
「分かってる。四十年、奥で仕事をしてる。……今さらだ」
彼は小屋の戸を閉めた。閂が落ちる音がした。
私は月の下で板を開いた。二つの課題。一ミリ。殻。三十年。百人。
ドルフの顔から色が引いた瞬間を、私は板に書かなかった。書かなかったが、忘れなかった。
(第三部 第二章 了 / 第三章「実技への恐怖」に続く)




