第123話 オーク肩肉の神経毒
魔物調理師C級の実技課題が公表された。
資格院の掲示板。黒い板に白い文字。私はそれを下から読んだ。
【魔物調理師(C級) 秋期試験 実技課題】
一、オーク肩肉の、神経毒腺の、除去。
制限時間、十分。毒腺を、周辺組織への、汚染なく、切除すること。
汚染の判定は、切断面の、変色による。
二、ワイバーン卵の、調理。
殻を、割らずに、内部を、加熱調理すること。
方法は、問わない。
※受験料、一万五千G。試験日、秋期最終週。
一ミリ、という言葉は掲示板にはなかった。だが、ドルフが言っていた。「教本は、一ミリの誤差なくと言う」。
汚染の判定は切断面の変色。毒腺を傷つければ、毒が周りの肉に滲む。滲んだ肉は変色する。変色すれば、不合格。
ワイバーンの卵。殻を割らずに。方法は問わない。
私は二つの課題を板に写した。写して、解体場へ行った。
ドルフは鉤の下にいた。私は板を見せた。
「……出たか」
彼は板を読んだ。読んで、彼の顔から色が引いた。
私はそれを見た。四十年この解体場にいた男の顔から、色が引くのを。
「……親方?」
「……肩肉はいい。二十日、お前は位置を当てた。切るのはこれからだが、位置が分かれば切れる。……震えたままでも」
彼は板の、二つ目の課題を指した。太い指の先が、紙の上で止まっていた。
「……ワイバーンの卵。……殻を割らずに、か」
「はい」
「……あれは、俺でも三度に一度は失敗する」
彼はそれを低い声で言った。
「ワイバーンの卵の殻は、魔素で硬い。鉄より硬い。火を当てても通らん。……貴族の宴では、殻を割って中身を出して焼く。割るのは鉄槌だ。……割らずに中まで火が通るようにするには」
「……どうするんですか」
「……知らん」
ドルフは鉤の向こうを見た。
「四十年、割らずに加熱したことはない。……いや、一度だけある。三年前。貴族の道楽で、『殻ごと出せ』と言われた。……俺は卵を三日、湯に浸けた。三日で中が少し固まった。……それを出した。貴族は『生だ』と言って、投げた」
三日。試験は、たぶん十分か二十分だ。
「……この課題は、三十年前からあるんですか」
「あるらしい。ルドガーが言っていた。……受かる者を減らすための課題だと。割らずに加熱する方法を知っている者は、資格院の中にもいないと」
誰も解けない課題。解けないから受かる者が減る。減るから、肉は貴族の分だけ出回る。
私は板を見た。
『ワイバーン卵。殻、魔素で硬化。鉄より硬い。火、通らず。……方法は、問わない』
方法は、問わない。
その五文字を、私は二度読んだ。問わない、ということは、火魔法に限らない。鉄槌も、湯も、三日も。
(……熱が殻を通らない。なら、熱を殻の内側で作れないか)
私は板の三角形を見た。可燃物。酸素。熱。
炎は殻の外側にある。外側の炎の熱は、殻に遮られる。
だが、熱は炎だけから来るものではない。
気象観測士の試験。魔導気圧計。ガラスの管。銀の液体。管の上部の真空。気圧。
(……圧力だ)
気圧が上がれば、温度が上がる。前世の熱力学。断熱圧縮。空気を圧縮すれば、熱を持つ。
殻の中の空気を圧縮できれば――
私は板に書きかけて、止めた。
殻の中の空気を、外からどうやって圧縮する。殻は密閉されている。
繋がらない。だが、書いた。『圧力。……気圧を操作する術式。風の陣の応用?』




