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異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第二章「解体学と栄養」

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第122話 アンナとミラ


「――あの。ミラさん、ですか」


 銀のスライム亭の戸口に、アンナが立っていた。


 学院の粗末な上着。短い髪。彼女は下町のこの食堂に初めて来た。西区からは遠くない。だが、東三番通りは彼女の路地ではなかった。戸口から一歩入るのに、少し迷っていた。


「アンナ! ……わあ、学院の人が来た」


 ミラは厨房から飛び出してきた。

 二人は夏の西区の洗濯屋の裏で会っている。囲炉裏の煙の中で。ミラが歌って、アンナが匙を運んだ。それきり、会っていなかった。


「……母が、麦粥のお礼を、と。……これ、洗濯屋の石鹸の切れ端で」


 アンナは小さな包みを出した。石鹸。下町では高級品だ。切れ端でも。


「わあ! ありがとう! 女将さん、石鹸!」


 ミラはそれを厨房へ持って走った。走って、戻ってきた。戻ってきて、アンナの手を取った。


「座って。麦粥、出す。……四十Gだけど、アンナはただ」

「そんな」

「ただ。女将さんが、『あの子の母さんは、うちの客だ』って」


 アンナは長机の隅に座った。私は皿を洗いながら、それを見ていた。


 二人は話した。西区の母のこと。囲炉裏の窓のこと。学院の屋根裏のこと。

 ミラは学院を知らない。アンナは食堂を知らない。二人は互いの知らない場所の話を、麦粥を挟んでした。


「……ミラさんは、字が書けるんですね。あの、椀の」

「レオンに教わってる。……まだ、へた」

「私も、字は学院で初めて、ちゃんと習いました。……母は書けないから」


 アンナは麦粥の椀を持った。両手で包むように持った。


「……ミラさん。私、二年後に治癒士を受けます。……八万G。母の洗濯の給金で。……レオンが、二年で方法を探すって」

「治癒士! すごい!」

「……すごくないです。魔力、四で。受かるかどうかも」


 ミラは匙を止めた。


「……アンナ。私、試験、受けられないの。願書で弾かれる。……だから、アンナが受けるの、すごい。受けられるだけで、すごい」


 アンナは椀を置いた。


「……ごめんなさい。私」

「謝らないで。……ねえ、アンナ。治癒士になったら教えて。……匙で届かない場所に、届く方法」


 アンナの目が大きくなった。椀に伸ばした手が、途中で止まっていた。


 その言葉を最初に言ったのは、アンナだった。秋の夜の実技場で、手のひらに細い炎を立てながら、私に言った。「西区の路地に、まだ座ってる子がいます。匙が届かない子が」と。

 私はそれを、その夜のうちに板に写した。『アンナ。匙で届かない場所に届く方法を、知りたい』。

 ミラは字の練習に、私の板を読む。四十の字を覚えてから、読める行が、少しずつ増えていた。


「……なぜ、それを」

「レオンが板に書いてた。アンナの言葉だって」


 ミラは匙を持ち上げた。木の匙。西区の囲炉裏でも、この路地でも、彼女が水を運んできた匙を。


「……私、これしかないから。熱の出た子に、水を運ぶ。塩をひとつまみ入れて、少しずつ。……それで下がる熱は、下がる。下がらない熱は、下がらない。……匙で届かないところがある。それが、悔しくて」


 ミラは笑った。悔しい、と言いながら笑った。


「二年後、教えて。……私、その頃には字がもっと上手になってる。アンナの教えてくれたことを、書けるように」


 アンナは麦粥を食べた。食べて、それから言った。


「……ミラさん。魚、捌けますか」

「え? うん。川魚なら」

「教えてください。……治癒士の実技は『縫合』です。魔力神経を縫う。……縫うには、切る場所を知らないと。……レオンが、『魚の身と骨の間を分ける感覚と、似ている』って」


 私は皿を洗う手を止めた。

 それは私が板に書いた仮説だった。誰にも言っていない。アンナは板を読んでいた。夜の実技場で。


 ミラは立ち上がった。


「じゃ、明日の朝。市場で魚を買う。……三人で切ろう。レオンも」


 私は右手を見た。震えていた。だが、頷いた。


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