第121話 価格のための禁忌
解体場には、週に一度、商人が来た。
貴族商会の仕入れ人。名はルドガー。太った、愛想のいい男だ。彼はドルフの卸す毒抜き済みの魔物肉を買っていく。オークの肩肉。ワイバーンの卵。貴族の宴のために。
「――おや、新入りかい」
彼は私を見た。それから腰の木札を見た。木札を見るとき、商人は値札を見る目になる。
「魔法士C級に、衛生管理士に、栄養管理士? ……変わった取り合わせだねえ。それで、解体場の毒判定を?」
「魔物調理師を取るためです」
「魔物調理師!」
彼は笑った。大きな腹を揺らして。
「ゲテモノ資格を! 魔法士様が! ……いやいや、失礼。……だが坊や、それを取っても儲からないよ。魔物調理師は年に十数人しか受けない。受かるのは一人か二人。受かった者はみんな、うちの商会に来る。年収八十万Gでね。……来たいなら、口を利いてあげよう」
「……八十万Gで、貴族の宴の肉を」
「そうさ。オークの肩肉、一切れ五百G。ワイバーン卵、一個三千G。……下町じゃパンが百五十Gだって? はは、パンよりうちの肉のほうが安いかもしれないねえ」
彼はそれを冗談として言った。私は笑わなかった。
「……ルドガーさん。魔物肉の平民への流通は、なぜ禁じられているんですか」
「衛生上の理由さ。毒があるからね。……資格院がそう決めた」
「毒抜き済みの肉も禁止です。ドルフさんが貴族に卸す肉と同じ肉が、下町には卸せない」
ルドガーの笑いが、少しだけ薄くなった。
「……坊や、それは、その」
彼は周りを見た。ドルフは鉤の向こうでオークを下ろしていた。ユルゲンは山のほうで木札を刺していた。二人とも、聞いていないように見えた。
「……いいかい。ここだけの話だ。毒抜き済みの肉が下町に流れたら、どうなる。……下町は十万人だ。十万人がオークを食う。オークの肩肉が市場に溢れる。溢れたら値段が下がる。五百Gの肉が五十Gになる。……貴族は五十Gの肉を宴に出さない。出したら格が落ちる。格が落ちたら、うちの商会は潰れる」
「……だから、禁止」
「だから『衛生上の理由』で禁止だ。……資格院の財務理事様が、うちの商会の株主でね。理事様が規定を作った。三十年前に」
ハインリヒ・フォン・ロスチャイルド。
「……魔物調理師の実技があんなに厳しいのも、そのせいさ。一ミリの毒腺除去。受かる者を減らすためだ。受かる者が少なければ、肉は貴族の分しか出回らない。……三十年、そうやって回ってきた」
彼はまた笑った。愛想のいい笑いだった。愛想がいいまま、何も撤回しなかった。
「坊やが魔物調理師を取ったって、下町には卸せないよ。流通許可は資格院が出す。資格院は貴族向けの許可しか出さない。……八十万Gでうちに来なさい。それが坊やのコスパだ」
彼は肉を荷馬車に積んで帰っていった。車輪の音が、石畳の上を遠ざかっていった。
私は板を開いて書いた。
『魔物肉の禁忌=価格維持。財務理事、商会の株主。実技の厳しさ=合格者を減らすため。流通許可=資格院』
書いて、その下に線を引いた。
『……では、資格院の流通許可の規定を、読む』
図鑑を開いた。『魔物由来食材、流通規程』。三十年前、制定。全二十四条。
私はそれを一条ずつ読み始めた。規定には必ず隙間がある。ヘルガが、ヴィルヘルムが、教えてくれた。
鉤の向こうで、ドルフがこちらを見ていた。彼は聞いていた。四十年、聞いていた。




