第119話 赤腹病が減った週
石灰が撒かれた。
十二の井戸。衛生局の局員が自分で撒いた。人手がないからだ。私が手伝った。ユルゲンも来た。「魔法士様の白い粉、見に来た」と口では言ったが、彼は麻袋を担いだ。担いで、三つ目で肩を押さえた。
井戸端に木の札を立てた。鍋と湯気の絵。字はミラが書いた。
「こどもとびょうにんには、わかしてさましてのませること」
彼女の字はまだへただと、本人が言う。だが、路地の子どもたちはその字を読めた。彼女に習ったからだ。
一週間が過ぎた。
「――今週は、葬式がない」
マーサが厨房の火の前で言った。
なんでもないことのように言われた。鍋を掻きながら、片手で前掛けを直しながら。
だが、私は皿を洗う手を止めた。
「……ないんですか」
「ない。……夏から秋にかけて、東三番通りと西区で、毎週一つはあった。子どもの葬式が。……今週はない。先週も、一つだけだった」
彼女は鍋を掻いた。
「あんたの白い粉と、ミラの札と。……それから、あんたのスライム。……どれが効いたのか、私には分からない。全部かもしれない。……分からないけどね、葬式がない」
私は皿を置いた。
ハルムのヒルダの帳面。六人が二人。あれは村の百二十人の話だった。ここは下町だ。人口は十万を超える。
十二の井戸。それだけで、一週間、葬式がない。
(……十二で、これなら)
三十なら。百なら。
その夜、板に数字を書いた。板のその頁はもう数字で埋まっていた。井戸の数。石灰の量。麻袋の値段。局員の予算。
私はそれを、前世の事業計画書のように並べた。並べて、下にこう書いた。
『年間、石灰二千四百Gで、下町の赤腹病の死者を減らせる。……二千四百G。魔法士C級の受験料の、六分の一』
六分の一。
番付はそれを載せない。ヨナスの木版刷り。年収番付。コスパ番付。
二千四百Gの価値を載せる欄は、あの紙にない。
「――レオン」
ミラが厨房に入ってきた。籠を抱えて。彼女は私の板を覗いた。数字が並んでいる。彼女は数字を少し読めるようになっていた。
「これ、何の数字?」
「……井戸の。石灰の。……葬式がない、理由の」
「ふうん」
彼女は板を見ていた。それから、言った。
「レオン、さっき女将さんが『今週は葬式がない』って言ったとき、皿、止めたでしょ」
「……ああ」
「私も止まった。……炊き出しの匙が」
彼女は籠を置いた。
「今週、路地の子、全員、椀を返しに来た。二十三人。……全員。夏は、返しに来ない子が毎週いた。返しに来ないっていうのは、その」
彼女は言わなかった。言わなくても分かった。
共感力。私はステータスを開かなかった。開かなくても、動いた気がした。




