第117話 衛生管理士の筆記
「共同研究費、というものがある」
ヴィルヘルムが廊下で言った。教本を抱えていなかった。彼は最近、よく教本を置いてくる。
「学院の研究に必要な費用を、学院が出す。……研究に必要な資格の受験料も含まれる。規定上は」
「……規定上は?」
「三十年、誰も使っていない。研究に資格が必要だと申請した者がいなかった。……エルフィーナが申請した」
私は驚いた。ヴィルヘルムは驚かなかった。
「『魔物由来食材の、有毒部位と、魔素の関係について』。……この研究に『衛生管理士C級』と『栄養管理士C級』が必要である。理由、『毒性の分類と、栄養価の測定に、王国認定の基準が必要であるため』。……よく書けた申請書だった。私が印を押した」
衛生管理士。栄養管理士。合わせて三万G。
「……魔物調理師は」
「入っていない」
彼は少しだけ笑った。
「エルフィーナが言った。『魔物調理師は、レオンが自分で払う。あれは研究ではない。あれはあいつの資格だ』と。……私もそう思う」
自分で払う。解体場の日当、三百G。五十日。私は今、三十日目だった。
衛生管理士C級の試験は、王都衛生局が実施した。資格院の下請けのような小さな役所で、上町の端にある。入ると書類の匂いがした。
試験官は衛生局の局員だった。一人しかいなかった。
「衛生管理士。……今年、あなたで三人目です。三人とも食堂の主人でした。……あなたは」
「解体場で、毒判定を」
「解体場の人が、衛生管理士を?」
彼はそれを少し嬉しそうに言った。三人目が嬉しかったのかもしれない。
筆記は二十問。食品の保存。調理場の清掃。井戸の管理。そして、最後の五問が毒だった。
『問十六 魔物由来食材の、毒性を、分類せよ』
私は羽根ペンを止めた。
教本は分類していなかった。教本は「魔物由来食材は、有毒である。魔物調理師の処理を経ずして、食用としてはならない」としか書いていない。
分類しろと問うて、教本に分類がない。
だから、私は自分で分類した。前世の食品衛生の知識で。
『一、加熱により失活する毒。魔素性の、弱い毒。筋肉に多い。十分な加熱で、無毒化する。
二、洗浄・浸漬により除去できる毒。表面付着性の、毒。血抜きと、塩水浸漬で、除去する。
三、除去不能の毒。毒腺、肝臓、特定の器官に、蓄積した毒。切除以外に、方法がない。切除の際、周辺組織への汚染を、防ぐこと。
――寄生虫は、上記と、別に扱う。加熱で、死滅するが、卵は、加熱不足で、残る。虫のある部位は、一と二の処理に加え、長時間の加熱を要する』
書き終えて、答案を裏返した。
試験官はそれを読んだ。読んで、教本を開いた。開いて、閉じた。
「……教本に、分類はありません」
「はい」
「ですが、これは分類です。……私は局員として八年、魔物肉の廃棄を指導してきました。廃棄の指導です。分類はしたことがない。……分類できるなら、廃棄しなくていい部位が、あるということですか」
「……七割は食べられると、解体場の親方は言っています」
「七割」
彼は答案を机に置いた。置いた手を、しばらくそのままにしていた。
「……合格です。備考、『毒性の分類、教本外。実務上、有用』」




