第114話 毒さえ抜けりゃ百人食える
その夜、解体場へ行った。
ドルフはまだいた。鉤からオークを下ろしているところだった。彼は私の腰の木札を見た。調理士D級。
「……取ったか」
「ぎりぎりで、です」
「ぎりぎりでいい。……で、手は」
私は右手を出した。震えていた。ドルフはそれを見た。
「……震えたまま、切ったか」
「はい。……ぼろぼろでしたが」
「ぼろぼろでいい。俺の最初の三枚もぼろぼろだった」
彼はオークを作業台に載せた。肩の部分。二十日、私が毒腺の位置を当て続けた肩だ。
「明日から切れ。……毒腺だ。震えたまま切れ。震えて一ミリ外したら、肉は全部捨てる。捨てて、次の日また切れ。……俺は三年、捨てた」
「……三年分の肉を?」
「捨てた。……その三年で、俺は子どもが拾う肉を三年分作った。皮肉なもんだ」
彼は作業台のオークの肩を太い指で押した。毒腺の位置だ。指の腹が沈むところが、そこだった。
「なあ、レオン。……お前の板に書いてあるだろう。この解体場の裏に、毎日いくつ部位が積まれるか」
「……百から二百です」
「そのうち、毒が強いものは」
「……三割」
「残りの七割は」
「……毒が弱いか、虫がいるか、です。……毒抜きと加熱で、食べられます。理屈では」
理屈では。
ドルフは山のほうを見た。小屋の裏の肉の山。月がそれを照らしていた。縁に、裸足の足跡。
「七割。……百から二百の、七割。……毎日、七十から百四十の肉だ」
彼はそれを数えた。数えて、私を見た。
「この肉、毒さえ抜けりゃ、百人食える」
百人。
下町の路地の子どもたち。二十三人。西区。ミラの鍋。パン、百五十G。魔力欠乏症。匙状爪。
百人。毎日。
私は作業台のオークの肩を見た。毒腺。一ミリ。震える手。
「……親方。魔物調理師の実技は、オークの肩肉の神経毒除去でした」
「そうだ」
「毒腺を切り出せれば、この肩肉は食べられますか」
「食える。俺が貴族の宴に卸してる肉だ。……貴族はこれを一切れ五百Gで食う。同じ肉が、裏の山ではただだ。……ただで、子どもが腹を壊す」
同じ肉。五百Gと、ただ。その差は、毒腺一本だった。
私は右手を握った。震えていた。震えたまま、握った。
「……明日から切ります。震えたまま」
「そうしろ」
ドルフは鉤に次のオークを掛けた。掛けながら言った。
「……レオン。四十年、俺は無資格でこの肉を貴族に卸した。資格がなくても手は動く。……だが、資格がないから、俺はこの肉を下町に卸せない。流通許可がない。無資格の肉を下町で売れば、俺は牢だ」
「……資格があれば」
「あれば、卸せる。……四十年、俺は資格を馬鹿にしてきた。手が先だと。今もそう思う。だが」
彼は私の腰の木札を見た。
「……お前の資格は、俺の手が届かん場所に、届く」
月が肉の山を照らしていた。私はその山を見ていた。毎日、百人。
(第三部 第一章 了 / 第二章「解体学と栄養」に続く)




