第113話 震えたまま、ぎりぎり合格
ファンファーレが、小さな調理場に鳴った。
七人の受験者と、老役人と、窓の外のミラが、それを聞いた。金の光が竈の煙と混ざって、低い天井の下で螺旋を描いた。
♪♪♪
【資格取得】『調理士(D級)』
→ 能力上昇:敏捷+4 知力+2
→ スキル獲得:『包丁精密操作 Lv1』『調理 Lv1』
→ 職業解放:『調理士』
→ 資格シナジー検出:『雑草判定士』×『調理士』
= 派生技能『食用植物判別』を獲得
保有資格:11 / 12,000
敏捷、プラス四。包丁精密操作、Lv1。
私はその表示を見た。見て、笑った。笑うしかなかった。
あのぼろぼろの三枚に、システムは「精密操作Lv1」と名前をつけた。基準がガバガバなのか、懐が深いのか。私は今回も後者だと思うことにした。
老役人が金の光を見上げていた。
「……光ったな。スライムのときも光った。……調理士で光った者は、四十年で初めてじゃ」
「……ぎりぎりで、光りました」
「ぎりぎりでも光る。……そういうもんじゃろ、資格ってのは」
彼は木札を私に押しやった。
調理場を出ると、ミラが待っていた。籠を抱えて。顔が赤い。窓に押しつけていたせいだ。
「……受かった?」
「ぎりぎりで」
「三枚に、なった?」
「ぼろぼろの、三枚に」
彼女は笑った。いつもの笑いだった。
笑って、それから籠を地面に置いた。置いて、私の右手を取った。
手はまだ震えていた。
「……まだ、震えてる」
「……ああ」
「でも、切れた」
「……ああ」
彼女は私の手をしばらく握っていた。握って、放した。放して、籠を抱え直した。
「炊き出し、途中だった。……ルナが鍋の番してる。戻らなきゃ」
「ミラ」
「なに?」
「……麦粥の切り方でいいって。……あれ、どういう意味だった」
彼女は少し考えた。
「……レオン、いつも綺麗に切ろうとしてた。魚を。教本の絵みたいに。……でも、麦粥に入れる野菜、レオン、綺麗に切ったことないでしょ。適当に、ざくざく。それで子どもたち、食べてる。……だから、魚もざくざくでいいのかなって」
適当に、ざくざく。
私は前世のまな板を思った。白い身。花のように並んだ薄造り。
あの夜、私は綺麗に切った。教本の絵のように。綺麗に切って、水洗いを雑にした。
綺麗さは、基準にない。老役人の言葉だ。
「……ざくざくで、いいのか」
「食べられれば、いいの」
彼女は坂を降りていった。私はその背中を見ていた。
板に書いた。『調理士D級。ぎりぎり。……綺麗さは、基準にない。食べられれば、いい』。
書いて、右手を見た。震えていた。
震えてはいたが、その震えは五日前の震えとは少し違う気がした。止まる震えではなく、動く震えになった気がした。
気のせいかもしれない。だが、板にはそう書いた。




