第109話 弟子入り
私は解体場に住み込んだ。
正確には住み込んではいない。寝床は銀のスライム亭の物置のままだ。
だが、夜明け前に解体場へ行き、日没まで山を崩し、毒腺に触り、日没後に食堂の皿を洗い、洗いながら板にその日の毒腺の位置を書いた。学院の授業は週に三日へ減らした。ヴィルヘルムは「共同研究の一環」としてそれを認めた。認めるとき、彼は教本を開きもしなかった。
ユルゲンが私の相棒になった。
「なあ、魔法士様。なんで魔法士様が、内臓運んでんの」
彼は口が達者だった。ドルフの言うとおりだ。手は、まだだった。桶を持つとき、必ず端を持つので、必ず重さに負けていた。
「……資格を取るためだ」
「魔物調理師? あれ、ゲテモノ資格だろ。親方も取ってねえよ」
「親方は無資格だ。四十年」
「だから、取らなくてもできるってことじゃん」
私は内臓の桶を運びながら考えた。ユルゲンの言い分は正しかった。ドルフは無資格で四十年、解体をしてきた。資格がなくても手は動く。
「……ユルゲン。親方の鑑定と私の鑑定は、四日目に一つ違った」
「腸の虫の話だろ。聞いた」
「親方は四十年、腸を手前に置いた。私は四日で腸を別の穴に置いた。……親方の手のほうが、私より百倍上だ。でも、虫は私の鑑定Lv1が見つけた」
私は桶を置いた。
「資格は、手の代わりじゃない。……手が見ていないものを見るための、目だ」
ユルゲンはしばらく黙った。彼は口が達者だが、聞くときは聞いた。
「……じゃあ、俺も鑑定士取ったら、親方の見てないもの、見えんの?」
「……たぶんな」
「五百Gだろ、あれ。……俺の給金、月に二百」
三か月。彼は指を折って数えた。数えて、それきりその話をしなかった。
だが翌日から、彼は私の木札を覗くようになった。木札の字を真似て、自分の木片に書くようになった。
弟子入りから十日。
私は毒腺に触り続けた。オークの肩肉。朝に一体、昼に一体、夕に一体。ドルフが鉤から下ろしてくれる。私は触る。触って、位置を板に書く。ドルフがそれを見る。
「――違う。三分の一、外側だ」
「……はい」
「筋の走り方を見ろ。毒腺は筋の間だ。筋は肩から首へ斜めに走る。斜めに、だ。真っ直ぐじゃない」
二十日。
「……当たりだ。今日は全部」
ドルフが言った。彼は私の板を見ていた。板には二十日分の毒腺の位置が書いてある。
最初の日は三分の一、外側。十日目は五分の一。二十日目は、誤差なし。
「二十日で三年分か。……お前の、その光る板のおかげか」
「……鑑定と、親方の勘を混ぜたものです。私の手は、まだ震えます」
私は自分の右手を見た。
毒腺の位置は分かる。触れば分かる。だが、位置が分かった、その先。
切る。
包丁で。一ミリの誤差なく。
その工程を、私はまだ一度もやっていなかった。やっていないのは、時間がないからではなかった。
ドルフはそれを見ていた。彼は何も言わなかった。四十年の勘は、人の手の震えも見るらしかった。




