第108話 無資格の親方ドルフ
毒判定の仕事は、単純で、そして辛かった。
山を崩す。部位を一つ取る。鑑定する。毒の強さと虫の有無を木札に書く。木札を部位に刺す。強いものは奥の穴へ。弱くて虫のないものは手前へ。虫のあるものは別の穴へ。
一日に、百から二百の部位。
匂いは三日で慣れた。慣れたのではなく、鼻が諦めたのだと思う。
夕方、銀のスライム亭に戻るとミラが鼻をつまんだ。「レオン、くさい」。マーサが裏の井戸で、問答無用で水をかけた。
四日目、ドルフが私の鑑定を見に来た。
彼は私が刺した木札を一つずつ読んでいった。読めるらしかった。四十年無資格でも、字は覚えたのだと言った。読み方は指で追う読み方だったが、確かに読んでいた。
「……オークの肝臓、毒性中。虫、無。……俺の勘と同じだ」
「はい」
「ゴブリンの腸、毒性弱、虫、有。……俺なら手前に置いていた。弱いからな」
「虫が、います」
「……そうか」
彼は木札を戻した。戻して、しばらく山を見ていた。羽音がまだ鳴っていた。
「四十年、間違えていた」
その声に悔しさはなかった。ただ、事実を確かめる声だった。
「四十年、腸は手前に置いていた。毒が弱いから。……虫を見ていなかった。虫で腹を壊した子どもが何人いたか。……数えていない。数えるべきだった」
彼は丸太のような腕を組んだ。
「レオン。お前は資格を取りに来たんだろう。魔物調理師」
「はい」
「資格より先に、手が覚える」
彼はそれを、教えるというより、確かめるように言った。
「調理師の実技は、毒腺の除去だ。オークの肩肉。……教本は『筋の間を走る毒腺を、一ミリの誤差なく切除せよ』と言う。一ミリだ。教本はそう書く。だが、教本はオークの肩を握ったことがない」
彼は小屋の中へ私を連れて行った。鉤にオークが吊るされていた。肩の部分を、彼は太い指で押した。
「ここに毒腺がある。触れ」
私は触れた。冷たく、硬く、そして筋の間に、細い紐のような感触があった。
「見えるか」
「……見えません。触ると、分かります」
「そうだ。見えん。教本の図では見える。実物では見えん。……触って分かるようになるまで、俺は三年かかった。三年、毎日触った」
彼は私の手を肩肉から離させた。
「お前は三年待てるか」
「……待てません。トビが来年、拾います」
「なら、毎日触れ。俺の四十年の勘を、お前の鑑定と混ぜろ。……資格は後だ。手が先だ」
その夜、ステータスを開いた。
四日分の解体場。何も上がっていなかった。筋力も、敏捷も、知力も。木札を刺すだけの仕事は、システムには見えないらしい。
ハルムの鍬の筋力+1を思い出した。あれはまだましだった。今はプラス、ゼロだ。
私は笑った。前世のペーパー医師が、初めて肉に触った日の成長がゼロ。それはたぶん、正しい評価だった。




