第107話 解体場の匂い
解体場は、冒険者ギルド本部の裏手にあった。
石造りの大きな小屋で、屋根が高く、壁には鉤が並んでいた。鉤に魔物が吊るされている。オーク。ゴブリン。ワイバーンの翼。
私は入口で足を止めた。
匂いが来た。
血と、内臓と、魔素。
魔素の匂いを嗅ぐのは初めてだった。溝のヘドロとも、腐肉とも違う。鉄と硫黄と、それから何か甘いもの。甘さが一番悪かった。鼻を抜けて、頭の奥に貼りついて取れなかった。
「――おう。当たらん魔法士か」
小屋の奥から声がした。大きな男だった。ガルムより背は低いが、幅が広い。革の前掛け。腕は丸太のようで、指が太く、そして傷だらけだった。古い傷が白く、新しい傷が赤く、腕の上で模様になっている。
「ドルフだ。この解体場を四十年やってる。……資格は、ない」
彼はそれを、名乗りの一部のように言った。
「ガルムから聞いた。毒判定をやるそうだな。……いいか、ここの決まりは一つだ。手を動かせ。口は後だ」
彼は私を小屋の裏へ連れて行った。
裏には、山があった。
肉の山だ。
切り落とされた部位。オークの肝臓。ゴブリンの腸。ワイバーンの毒腺。それらが積まれ、腐り、蠅を呼んでいた。羽音が一つの太い音になって、山の上に留まっていた。
そして、その山の縁に、小さな足跡があった。裸足の足跡だった。
「……子どもが来る」
ドルフが言った。
「追い払っても来る。腹が減ってるからな。……俺は追い払わん。追い払う代わりに、毒の強いものを山の奥に積む。手前には弱いものを。……それでも間違える。俺は鑑定の資格がない。勘だ。四十年の勘だが、勘だ」
彼は私を見た。
「お前の鑑定Lv1で、俺の勘より正確に分けられるか」
私は山に近づいた。『魔物鑑定Lv1』を意識する。山の一つ一つに、淡い表示が浮かんだ。
オークの肝臓――毒性、中。ゴブリンの腸――毒性、弱。寄生虫、有。ワイバーンの毒腺――毒性、強。
「……分けられます。ただし」
「ただし?」
「寄生虫は、毒の強さとは別です。弱い毒でも虫がいれば、子どもは腹を壊す。……毒と虫を、別に分けます」
ドルフは山を見た。それから私を見た。太い指で、顎の無精髭を一度こすった。
「……虫、か。俺は四十年、虫を見ていなかった。毒しか見ていなかった」
彼は前掛けの紐を締め直した。
「やれ。日当は三百だ。……それと、あそこの小僧に手伝わせろ」
小屋の隅に少年がいた。十二か、十三。痩せて、目だけが大きい。前掛けが身体に合っていなくて、裾を引きずっていた。
「ユルゲンだ。見習いだ。……口が達者だ。手は、まだだ」




