第106話 受験料一万五千G
「一万五千G、ね」
マーサは厨房の火の前で腕を組んだ。前掛けの端で手を拭きながら、私を上から下まで見た。
「あんた、学院の特待生だろう。学院に出させりゃいい」
「学院が出すのは、魔法士の資格だけです。魔物調理師は学院の範囲外で」
「範囲外」
彼女は鼻を鳴らした。
「学院ってのは、範囲が狭いね。……うちの店で一万五千G貯めるには、あんたの給金じゃ三年かかる。皿を一枚も割らなきゃ、の話だ」
三年。トビは来年も拾って食べる。
その夜、私は冒険者ギルドの本部へ行った。
ガルムがいた。二重目の城壁に食い込むように建った三階建ての石造り。その一階の奥、木札の掛かった机に。『実技試験官 ガルム 王都本部』。
彼は私を見て、鼻の先で息を吐いた。
「……魔法士になったそうだな。首席で」
「同点、です」
「聞いた。マーゴがうるさい。……で、何だ。魔法士様が、F級の冒険者証を持って」
「依頼を探しています。……一万五千G稼げる依頼を」
ガルムは依頼板を見た。鱗のように貼り重なった紙の束だ。古いものの上に新しいものが貼られて、端だけが何層も覗いている。
「魔法士C級なら討伐依頼だ。ゴブリン五体で五千G。……お前の炎で、ゴブリンが焼けるか」
「……焼けません。俺の炎は氷を溶かす炎で。……当たりません」
彼は笑った。ふっ、と短く。
「当たらん魔法士。当たらん剣士。……お前は、どこまで当たらんつもりだ」
彼は依頼板の隅から一枚を剥がした。古い紙だった。糊が乾いて、剥がすときに音がしなかった。誰も取らない依頼だ。
『解体場 廃棄部位の、毒性判定。日当、三百G。要、魔物鑑定E級以上。備考、悪臭・危険。応募者、六か月なし』
「解体場の裏に、毒のある部位が積まれる。積む前に、毒の強さで分ける仕事だ。強いものは埋める。弱いものは放置。……分ける者がいないから、全部放置されている。全部放置されるから、子どもが拾う」
トビ。
「日当、三百G。五十日で一万五千だ。……悪臭と危険は、俺が保証する。それから、解体場の親方は無資格だ。四十年、無資格で解体をやっている。……お前と合うかもしれん」
私は依頼を受けた。
帰り際、ガルムが言った。
「……レオン。お前、魔物調理師を取るのか」
「はい」
「魔法士C級とドラゴン肉の料理人を同じ人間が持つのは、俺の知る限り初めてだ。……ドラゴン肉の料理人は、貴族の宴で年に三度呼ばれる。三度で年収八十万G。……それを、平民の子どもに食わせるためにか」
「……はい」
「変わってるな」
ブレナで聞いた言葉だった。彼はそれを、あのときと同じ調子で言った。
「変わってるが。……解体場の親方に伝えておく。『当たらん魔法士が行く』と」




