第101話 生の魔物肉
夏の最後の日だった。
中庭の煮沸を終えて、私は坂を降りた。銀のスライム亭の皿洗いに戻るためだ。
夏のあいだ、私は学院と下町を毎日往復していた。朝、弁当を受け取り、昼、鍋を沸かし、夕方、皿を洗う。坂の石の出っ張りの位置を、足が覚えてしまっていた。
路地に人だかりがあった。
東三番通りの裏の路地。炊き出しの路地だ。壁際に子どもが倒れていた。周りに子どもたち。ミラがその子の頭を膝に乗せていた。
「――レオン!」
ミラの声が震えていた。
「トビが……お腹押さえて、動かなくなって」
トビ。椀の底に『トビ』と書いてある、九つの男の子だ。
私はしゃがんで、図鑑を向けた。
名前:トビ 年齢:9歳
HP:7 / 26
状態異常:毒(魔素性)/寄生虫
毒。寄生虫。
「……何を食べた」
「……肉」
答えたのは隣の小さな子だった。ルナだった。指をしゃぶりながら、上を見て言った。
「解体場の裏の。捨ててある肉。……オークの。……トビ、お腹すいてて。生で」
生で。
冒険者ギルドの解体場。魔物の死骸。毒のある部位を切り落として捨てる。捨てられた部位は路地の外れに積まれる。
魔物肉は平民への流通が禁じられている。禁じられているから捨てられる。捨てられたものを、腹の減った子どもが拾う。
私はトビの腹を見た。膨れていた。肌が黄ばんでいた。
「……治癒士を」
「三十万G」
ミラが言った。彼女はそれを言い慣れていた。言い慣れていることが、私の胃を締めた。
「……解毒は」
「神殿の聖水なら。……一瓶、五百G」
五百G。私の財布に百二十G。ミラの財布にゼロ。マーサの店の今日の売り上げが、四百G。
「――女将さん!」
ミラが立ち上がって叫んだ。厨房の窓からマーサが顔を出した。彼女は路地の様子を一目見て、何も聞かずに厨房の奥へ消えた。
出てきたとき、その手には小さな瓶があった。
「……聖水だ。去年、私が腹を壊したときの残り。……半分しかない」
半分。
私は瓶を受け取って、トビの口に少しずつ垂らした。ミラが頭を支えた。
半分の聖水がなくなった。トビの腹は、まだ膨れていた。
図鑑を向けた。HP、七のまま。状態異常、毒――消えていた。寄生虫――残っていた。
「……毒は消えた。……虫は、消えていない」
聖水は毒を消す。だが、虫は生き物だ。聖水では死なない。
私はトビの膨れた腹を見た。前世で読んだ医学の教科書の、寄生虫の章が頭に浮かんだ。駆虫薬。この世界に駆虫薬はあるのか。
図鑑を開いた。『薬剤師(B級)』。受験料、八万G。教本の公開部分――『魔素性寄生虫の駆除には、ニガヨモギモドキの煎じ薬を用いる』。
ニガヨモギモドキ。
ヒルダの乾燥草だ。泥食いスライムが嫌う草。私はそれを、溝の両端に置いていた。
「――ルナ。溝の端の草の束を持ってきて。できるだけたくさん取ってきて」




