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異世界資格マスター ~最弱村人から始める資格無双。試験分析EXで世界をアップデートします~  作者: 東雲 諒杏
第一部 資格のある世界 ―剣士資格編―                              第一章「フグと転生」

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第10話 兄ちゃん、それ何の資格?


 春が、近づいていた。


 畑の雪が解け、村は種蒔きの支度で忙しくなった。私の一日は、朝の牛追い、日中の畑仕事、夕方の受け身鍛錬、夜の座学(剣術史と武具管理、それに下水清掃士の教本)で埋まり、藁の敷布に倒れ込めば一瞬で朝になった。前世の直前期と同じ生活である。違うのは、手のひらの豆と、飯がまずいこと、それから――教材が、生きていることだった。


 その日の夕方、鍛錬を終えて井戸で顔を洗っていると、背中に視線を感じた。


 振り返ると、ペーターがいた。


 病み上がりでひと回り細くなったが、頬には赤みが戻っている。彼は井戸の縁から少し離れた場所に立ち、もじもじと、私の腰の木剣と顔とを見比べていた。


「なんだ、ペーター。剣が見たいのか」

「ちがう」


 七歳は、ぶんぶんと首を振った。それから意を決したように、たたっと駆け寄ってきて、私の袖を引いた。


「あのね、姉ちゃんが言ってた。兄ちゃんは、へんな水の飲ませ方で、おれを治したって。……あれって、剣士のわざ?」

「いや、あれは剣じゃなくて」


 説明しかけて、口が止まった。あの湯冷ましは、何の技だ。前世の医学の切れ端。まだ持っていない下水清掃士の教本の受け売り。資格としては、何者でもない。


 私が答えあぐねていると、ペーターは目を輝かせたまま、質問を重ねた。


「兄ちゃん、それ、何の資格?」


 ――何の資格。


 その聞き方に、私は不意を打たれた。「何の魔法」でも「何の秘術」でもなく、この村の七歳は、当たり前のように「資格」と聞くのだ。この世界では、技とは資格であり、資格とは、誰かが学んで辿り着いた場所の名前なのだった。


「まだ、何の資格でもない。でも、春になったら取りに行く。『下水清掃士』っていう資格だ」

「げすいせいそうし」

「ああ。水を綺麗に保つ資格だ。それがあれば、ペーターみたいに腹を壊す子が、たぶん減る」

「ふうん。……つよい?」

「強くはないな。地味だ。ものすごく地味だ」


 ペーターはしばらく考え、それから、大人が聞いたら笑うくらい真剣な顔で言った。


「でも、おれを勝たせたよ。おれ、死ぬのに勝ったもん」


 息が、一瞬止まった。


 私は井戸の縁に腰を下ろし、空中に図鑑を呼び出した。ペーターには青い光の板が見えたらしく、「うわ」と仰け反る。構わず『下水清掃士(E級)』のページを開き、それから『剣士(D級)』、ついでに『スライム相撲行司(E級)』も開いて見せた。


「いいか、ペーター。この世界には、こういうのが一万二千個ある」

「いちまんにせん!?」

「強いのも、地味なのも、笑っちゃうようなのもある。全部、誰かが学んだ場所の名前だ。……で、俺はこれを、全部取ることにした」

「ぜんぶ!? 兄ちゃん、あたまおかしい!」

「よく言われる」


 ペーターはひとしきり笑い、それから図鑑に顔を突っ込むようにして、ページを覗き込んだ。「これは? 『鷹匠』って何? これ、龍って書いてある!」と、質問が止まらない。夕焼けが井戸端を染め、水を汲みに来た女たちが、少年二人と光る板を、怪訝そうに、けれど少し面白そうに眺めて通り過ぎた。


 ――笑われた夜から、二月半。


 村は、まだ私を「変な行き倒れ」だと思っている。それでいい。だが少なくとも今、目の前に一人、資格の話を目を輝かせて聞く七歳がいる。薪割りを黙って手伝う幼馴染がいて、癖を直したいと言い出した打ち込み役が三人いる。


 前世の六畳一間には、百七枚の合格証と、私しかいなかった。


「兄ちゃん! 次! 次のページ!」

「はいはい」


 ページをめくる指の先で、ステータス画面の隅の数字が、また一つ、静かに動いた。


社交性:1 → 2

幸福度:22 → 26


 春の試験まで、あと二十日。


 領主町ブレナへの道は、雪解けでぬかるみ始めている。


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