EP04:聖女
王国騎士団が北東の町を出てからしばらく。街道に沿って進んでいると、小さな町が見えてきた。
町の入口には数台の馬車と人々が集まり、何やら騒がしい様子。
騎士団長は訝しながら、町人に話しかけた。
「何の騒ぎだ」
太く通る声に町人達は驚き、ざわめきが広がっていく。
「……まさか、王国騎士団?」
「今更何しに来やがった……」
戸惑い、警戒、嫌悪が漂う中、一人の男が騎士団に近づいてくる。
「この町から出て行くんだよ」
「なんだと?」
町の人達をよく見ると、誰もがやつれ、気力を失っているようだった。
騎士団長は興味なさげに鼻を鳴らすと、話を転じた。
「聖女を見た者はいないか」
「聖女だ?」
町の人達は皆顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる。
騎士団長が苛立ちを覚えた時、一人の女性が思い出したように話し出した。
「あの子達……」
「何か知っているのか?」
「しばらく前に、よその子達が来たんだよ。村が無くなったってね」
「無くなった、だと? それは不浄の事か?」
「し、知らないよ。でも、誰かに助けてもらったとは言ってたよ」
「その者達はどこに」
「さあてね……いつの間にか、ここを出てっちまったよ」
「では、その村はどこにある」
「この町の北にあるさね」
騎士団長は例も言わず振り向き、号令をかける。
「北の村に向かうぞ」
兜越しに響く声。
控えていた騎士達は、無言で頷くしか無かった。
✽ ✽ ✽
視認できるほど、黒く淀んだ空気。むせ返るような腐臭が、ヘ兜越しにでも感じる。ここは、王国の果てにある村。
家屋は崩れ、植物は腐り、土地は荒れ果てている。もちろん村人の姿どころか、気配すらない。
その代わり、真っ黒い“何か”が村を満たしていた。
地面を這い回り、家屋を飲み込もうとする“何か”が。液体のような、気体のような存在が、ゆっくりと村を侵している。
王国騎士団は、言葉を介さずとも理解した――これが“不浄”だと。
「団長……」
「聖女捜索を、開始する」
騎士団長の命令も団員達は即座に動こうとせず、ただお互いを見つめ合っていた。
「不服か?」
静かに響く騎士団長の声。
一人の騎士団員が恐る恐る答える。
「このような所に、聖女はいるのでしょうか?」
「『不浄ある所に聖女あり』だ――必ずここに聖女はいる」
「もう既にここを発っているかもしれません」
「だとしても足取りくらいはつかめよう」
強情な騎士団長に、閉口するしかない騎士団員。
「行動開始!」
「……はっ」
騎士団員の説得も虚しく、村の捜索が開始される。
彼らには打算があった。不浄に侵されていようが小さな村。一帯を調べ終わるなど、そう時間もかからないだろう、と。
聖女捜索が始まって少し、騎士団員の一人が突然兜を放り投げた。
「う、ぐっ……」
嗚咽と荒い呼吸。苦悶の表情が浮かぶ。
「おい! 大丈夫か?!」
「い、息がっ」
深く、深く息を吸い込み吐いた時、噴出する吐瀉物。ふらりと脱力し、そのまま地面に突っ伏した。
「おい……」
騎士団長が声をかけるが、それに何の意味も無かった。
倒れた団員は、ゆっくりと黒い何かに飲み込まれていく。音もなく黒い煙を噴きながら、人の形を失っていった。
「くっ……」
残った騎士団員達は思わず後ずさるも、辺りは既に不浄に取り囲まれていた。
「嘘、だろ?」
退いては方向を変えるも、突破口は見当たらない。次第に身動きも取れなくなり、一人、また一人と、黒い地面に飲み込まれていく。
騎士団長はその様子を、見ているしかなかった。
「お前、達……」
弱々しい声が、兜から漏れる。半端に手を上げ、歩み寄る先は、騎士団達を飲み込んだ不浄の塊。
「ははっ……王国騎士団が、こんな所で終わるのか? 王命も果たせずに?」
兜越しの笑い声に、応える者は誰もいない。
「ごふっ」
兜越しに噴き、垂れる血。漏れる息も薄らと黒い。
金属鎧がふらりと揺れ、崩れ落ちるように膝をつく。
地面についた足は黒に塗れ、その形は失せていた。
「……王よ」
そう呟いた瞬間、まばゆい光が、辺りを包み込む。
「ぐっ?!」
閉じるまぶた。眼前に交差させる腕。
光で満ちる視界に浮かぶ、小さな人の影。
見覚えのある少女の姿。
時と共に光は収まり、合わせるように騎士団長はまぶたを開いていく。
徐々に見える視界に入るのは、変わらぬ滅んだ村の様相。だが、彼を取り囲んでいた不浄は全て消え去っていた。
「一体、何が?」
呆然とする騎士団長。さまよう視線の中、少女の姿を捉えた。見覚えのある非武装の少女――そして、賞金稼ぎ達。
「な、なぜお前達がここにいる?!」
騎士団長の大音声が反響する。
少女と賞金稼ぎ達が顔を見合わせる中、溜め息混じりにジムが口を開いた。
「本当にわからないのか?」
「だから尋ねているだろう!」
苛立ちを含んだ騎士団長の大音声に、暗く沈んでいく賞金稼ぎ達の表情。彼らがここにいる理由は、もう知り得ないだろう。だが騎士団長には、些末な問題でしかなかった。
まばゆい光。消えた不浄。そして少女。間違いない、あれが“聖女”だと。
「では質問を変えよう。その少女は“聖女”なのか?」
ジムが少女をちらりと見ると、彼女はこくりと頷いた。
「ああ、その通りだ」
「おお、ならばこの王国を救ってくれ!!」
ジムは再び少女の方を見ると、確認するように問うた。
「だとよ、どうする?」
少女はにこりと笑みを浮かべ、騎士団長の方を向いた。
「……嫌」
騎士団長の動きが止まる。
「な、なに? い、いや、だと?」
苦笑を浮かべるジム。
「まあ、そうなるよな」
「だな」
ジムに同意するようガイ頷き、ミラは無言で騎士団長を睨んでいた。
騎士団長がただ一人、何もわからずうろたえていた。
『“アレ”が居れば、王国は救われるというのに、なぜ?』と。
「ああ、本当にわからないようだな。だが全部教えてやるなんて、お人好しではないんでね」
ジムが腰から剣を抜き、騎士団長へと近づいていく。
一拍遅れて、騎士団長が殺気に気づいた。
「舐めるなよ、小僧」
「おお、怖い怖い」
「良いだろう。貴様らを屠り、“ソレ”を頂くとしよう……?」
騎士団長は剣を抜き立ち上がろうとした時、違和感を覚えた。自然と下がった視線の先には、右膝から下が無くなっていた。
痛みは無い。だが身に覚えがある。そう、不浄に飲み込まれていた。
「ぐふっ」
騎士団長の口から漏れ出る赤黒い血。
鎧を伝い、地面を染める。
次第に剣を握る力も失せ、仰向けに倒れ込んだ。
転がる兜から、どす黒く変色した顔が現れる。
「不浄は、消え、たはず」
「体の中に入っちまったもんは、そう簡単に消えないみたいなんだよ」
いつの間にか、飄々としたジムの声が近い。
騎士団長はじろりと睨み、たどたどしくも口を動かす。
「聖、女は、不浄を滅し……魔王を、倒す、のが使命……だ、ろう」
「俺達にとっては、あんたらこそが、“魔王”なんだよ」
ジムの剣が、不浄で侵された体を貫いた。
突き刺さったままの剣は、まるで墓標のようだった。
「――じゃあ、行こうか」




