表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

エピローグ:不浄の村


――ヨクアール王国 最北の村



北の空を覆う分厚い雲。雲間から漏れる日の光。ぼんやりと照らされる、しおれた草原。一帯を吹きすさぶ風は、かすかに黒く淀んでいた。



「ごほっ、ごほっ……」

後ろで髪を留めた村娘エマ。時折乾いた咳をしながらも、歩みはしっかりしていた。


「あらエマちゃん、今日は良いの?」

「はい、お手伝いさせてください」

「ええ、頼んだわよ」

ここしばらく土地は乾き、痩せた作物しか実らない。それでも生きるため、草をむしり、土を耕していく。



額に汗がにじむ頃、日の光は厚い雲に隠れてしまった。

エマはぶるりと身体を震わせ、ふらりとよろめいた。


「あっ……」

そのまま座り込むエマに、農家の女性が心配そうに駆け寄ってくる。

「ちょっと大丈夫?」

「ご、ごめんなさい」

「良いのよ、無理しないで」

エマは女性の手を借りながら立ち上がると、“こほん”と咳をした。


「最近空気も悪いし、大事なさい」

「ありがとうございます」

エマは申し訳ないと思いつつも、女性の好意を受け、家路についた。



村が見えてきた頃、エマに呼びかける声。

「エマ、今から帰るのか?」

「兄さん!」


エマは振り返るやいなや駆け寄り、兄のジムに抱きついた。

「おいおい、いつまで経っても甘えん坊だな」

「いつまで経っても帰って来ない兄さんが悪いわ」

「ははっ、それは悪かった」


ジムの手に触れる長い髪。膨らませた頬を赤く染めるエマ。二人は横並びになると、村へと向かった。



「おお、帰ったかジム」

「ああ、今戻った」

ジムとエマが村に入ると、幼馴染のガイと鉢合わせた。


「エマもお疲れさんだな」

ガイの大きな手がエマの頭を撫でる。ぶっきらぼうな仕草に、エマは困り顔ではあったが、まんざらでもないようだった。

微笑ましいやり取りをよそに、ジムが口を開く。


「狩りは順調か?」

「いや、全然ダメだ」

ジムの視線がガイの背に向けられる。短弓と矢でいっぱいの矢筒が、落ち気味の肩にかかっていた。

「獲れなかった、というわけではなさそうだな」

「ああ、ウサギどころか、ネズミ一匹いやしない」


ガイは溜息を吐くと、ちらりとジムを見た。

「お前はどうだった?」

「ああ、手紙は受け取ってもらえたよ」

「おお! わざわざ王都まで出向いたかいがあったな」

「そう、だな」


歯切れの悪いジムに、ガイの眉間にシワが寄る。

「首尾は順調なんだろ?」

「王国騎士団が動くには、時間がかかるらしい」

「それは、どれくらいなんだ?」

「わからない」


唸り声を上げるガイ。ジムは乾いた笑みを浮かべ、ガイの肩を軽く叩いた。

「きっと上手くいく」

「……おう」



三人が村に入ると、エプロン姿の女性がジムに声をかけてきた。

「あ、村長代理!」


小走りで駆け寄るのは、ジムの幼馴染ミラ。苦い顔をしたジムが口を開いた。

「その呼び方はやめろ」

「だってそうじゃない。ねえ? エマちゃん」

“ふふっ”と笑みを浮かべるエマ。釣られて顔が綻ぶミラ。ジムの表情だけは苦みが消えていなかった。


「父さんは直ぐに良くなる。今は少し休んでいるだけだ」

「それって、お貴族様たちと話はついたってことかい?」


ジムは時間がかかると伝えると、ミラはあからさまに不快な表情を見せる。


「もう! こっちは急いでいるのに!」

「何かあったのか?」

「井戸の水がね、淀んできたのよ」

ぴんと張り詰める空気。


ジムは一つ頷き、ミラを見つめた。

「この村も王国の一つだ。きっと手を貸してくれるさ」


ミラの視線がそっと落ちる。

「そうだと良いけど……」


彼女の不機嫌な声は、静まり返った村に溶け込んでいった。



✽  ✽  ✽



北の空を覆う影。今時期、さんさんと照りつけるはずの日の光は、そのシルエットすらない。

ぽんやりと薄暗い草原には、ずるりずるりと、黒い“何か”が這っている。

それは、確実に村へと向かっていた。


「く、来るな! こっちに来るな!!」

「逃げろ! 走れ!!」

「誰かぁ! たすけ――」

逃げ惑う人の悲鳴と喚声。

黒い“何か”は村に達した。触れたもの全て、形を失っていく。家であれ、人であれ。例外はない。



めきめきと音を立て、倒壊していく邸宅。崩れ落ちる寸前、二人の兄妹が飛び出して来た。

「だいじょうぶか、エマ」

微かに震えるジムの声。腕に抱かれたエマが、もぞりと動く。


「兄さん、その目」

「これぐらい、なんともない」

ジムの左目から流れる一筋の血。ぎこちなく笑らうジムの頬を赤く染めていた。


「それより、父さんと母さんは?」

目を潤ませるエマ。腫れぼったいまぶたを濡らし、ただ首を振っていた。

ジムは思わず振り返ると村長邸は、黒く形を失いつつあった。



「ジム! 無事か!?」

大声で呼ぶのはガイ。ミラを伴い駆け寄ってきた。


「エマちゃんも無事ね? ……って、あんた、その目」

痛々しげな表情のガイとミラ。ジムは精一杯の笑みを浮かべ、口を開いた。


「他のみんなは?」

「さあな……」

ガイの視線が逸れる。拳を強く握り、肩を震わせながら。隣にいたミラも、何も語ろうとはしなかった。

その様子を静かに見ていたジムは、ぼそりと呟いた。


「ここを出よう」



四人は村の広場に行き着いた。

普段は往来する村人で賑わっているが、人の姿どころか声すら聞こえない。


「静かだな」

「そうね」

辺りを見渡すガイとミラの表情は暗い。


「遅かったか」

ジムの視線の先、村の入口まで黒く染まり、ずるりずるりと蠢き迫ってくる。


後退りするミラがよろめいた。

「あっ……」

「おっと」

とっさにミラの肩を抱くガイ。ミラは礼も言わず、そのまま身体を預けていた。


ジムは振り返るが、今来た道も既に形を失っていた。自然とエマの手を握る力が強くなる。

「兄さん?」

エマが見上げたジムの顔からは、すっかり感情が失せていた。明るく強い兄は、そこにはなかった。


エマはジムの手を取り、やさしくほどいていく。

「エマ?」

驚いた表情のジムをよそに、にこりと笑みを浮かべるエマ。

そのまま一歩、また一歩と、歩みを進める。

三人の喚く声を背中で聞きながらエマは、強く願った――



「私が、みんなを守る」



皆の視界が、白い“何か”に満たされた。



ここまでお読みいただき、、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ