EP02:暗殺者
夜風が吹き抜ける森の中。木の葉の揺れが、ざわめきとなって伝わっていく。
月の光も遮る森の獣道。焚き火だけが照らすのは、五つの骸と男女二人の姿のみ。
「指令は済んだ。王都に戻るぞ」
男は小さく畳まれた手紙を焚き火に投げ入れた。
女はそれが指令書だと知っている。どこから出てるとも知らない、逆らえない命令。
「あっけないですね」
「いつものことだろう」
男は王都へと体を向けたが、女は動く気配がなかった。
「どうした?」
「世界は滅びに近づいただけではないでしょうか」
男が黙っているのを良いことに女は言葉を続けた。
「そうなれば、この指令も意味の無い事に――」
男の頬がひくりと動く。
「ほう?」
ぴんと張り詰める空気。
冷たい汗が女の頬を伝う。
男は女の目の前に寄ると、ゆっくりと口を開いた。
「お前の言う通りかもしれないな」
思わぬ言葉に女は目を見開き、男の方を向いた。焚き火に照らされたその顔は、血が通ったように赤々としていた
「勇者の荷物を調べろ。聖女の情報があるはずだ」
「はい……」
* * *
深き森を抜けしばらく。男と女は、北東の町へ向かっていた。
男は勇者が持っていた地図を手にすると、確認するように書き込まれた一文を読んだ。
「『不浄ある所に聖女あり』――か」
女は興味深そうに覗き込みながら口を開いた。
「確かに不浄がなければ、聖女伝承は成立しません」
「根拠はない」
「ですが、妙な説得力を感じます」
男は答える事なく、地図を懐にしまい込んだ。
「行くぞ」
「はい」
北東の町はすっかり寂れていた。不浄こそみられないが、空気が淀み、道行く人々の顔色は悪い。
市場を覗いても活気はない。しおれた野菜に、虫のたかる肉とカビた果物。
誰もが鬱々としていたが、一人のよそ者だけは様子が違った。
「さあ、聖女を探しましょうか」
「あ、ああ。そうだな」
女の変わりように、男は圧倒されていた。
「どうかされましたか?」
「お前、王都に居た頃と随分違うな」
「……そうかもしれません」
女は今までにない気持ちが湧いているのを感じていた。ただ指令をこなすだけではない。自分でどうにかしなければいけない。
この気持ちをなんと呼ぶのかは、彼女は知らなかった。それでも心持ちは悪くなかった。
「おや、満腹亭の店主ではないか」
後方から、傲慢さが滲むような聞き覚えのある声。
二人が振り向いた先には、王国騎士団の面々。四名の一般兵の他、騎士団長までもがそこに居た。
“なぜここに?”
男は困惑と驚きを隠し、店主の顔で答えた。
「これはこれは王国騎士団長様。このような所でお会いできるとは」
恭しく頭を垂れる満腹亭店主と女店員。騎士団長は遠慮なしに近づいた。
「確かに“このような所”だ。王都に店を構えるあなた達が足を運ぶには、いささか不自然ではないか?」
「ええ、左様でございますが、それは皆様も同じでございましょう」
「ふっ、確かにそうだな」
兜から漏れる笑い声に空気が和んでいく。店主も笑みを浮かべながら話を続けた。
「ですが王国騎士団の皆様となれば、さぞや重要な王命をお受けになられたのでございましょう」
「ああ、その通りだ。我らも聖女探しを仰せつかった」
「なんと!」
驚きの声を上げる店主に、意気軒昂の騎士団達。
“このままやり過ごせる”
店主がそう思った瞬間、騎士団長の声が変わる。
「時に道中、妙な事があった」
「……妙な事、でございますか?」
「王都より北東にある深き森に、五つの遺体があった」
「それは痛ましいことで……迷い人でしょうか?」
「いや、あれは勇者一行だ」
「そんな、まさか!」
「彼らが王都を出る時に顔を確認していたからな。間違いない」
店主は口をつぐみ、沈痛な面持ちのまま視線を落とした。女店員もそれにならっていた。
騎士団長は二人を見下ろしつつ、そのまま話を続けた。
「現場を調べた所、激しく争った形跡はなかった。だがいずれも口から血を吐き息絶えていた」
「おお、なんと酷い」
「十中八九、毒物か毒系統魔法によるものだろう」
「毒、でございますか?」
「ああ。それと勇者一行とは別に男女二人の足跡があった」
兜から覗く鋭い視線が、二人に注がれる。
「心当たりはないか?」
「ええ、私共には全く……」
「そうか、残念だ」
軽くため息をつく騎士団長。控えた騎士を見やると一つ頷き、再び店主の方を向いた。
「話は変わるが、今王都を不安に貶めている者達がいると報告があった」
「それは本当ですか?」
「暗殺者――その名にそぐわぬよう、静かに標的を仕留めるという」
「そのような者達が?」
「彼奴らも毒物を得意としている」
「なれば、勇者様達を手にかけたのも?」
「ああ、暗殺者の可能性が高い」
「なんということ……」
「それと暗殺者は、男女二人組だそうだ――心当たりはないか?」
騎士団長の声が、低く冷え込んでいく。
ぴりりとした空気の中、店主は毅然と答えた。
「心当たりも何も、そのような者達の事も初耳でございます」
騎士団長の兜から漏れる深いため息。
「そうか、残念だ」
騎士団長は言葉を終えると同時に剣を抜き、店主へ斬りつけた。
間一髪店主は身を翻し、剣閃は空を切った。
「な、何をなさるので?!」
「つぶさに問答する気はない。それに今の身のこなし――問うまでもないだろう」
改めて剣を構える騎士団長。呼応するように、控えた騎士達も抜剣し始める。
店主は顔を歪め、短剣を構えるとちらりと女店員を見た。
「逃げろ」
今までにない店主の表情に、女店員の動きが一瞬遅れた。
がしゃがしゃと地面を駆る金属音。
左右から迫りくる騎士達。
突き出した剣先は、容易く女店員を貫いた。
「……っ!!」
ぬるりと血に染まる剣身。
音もなく声もなく、命が失われていく様。
見慣れているはずなのに、店主は目を離す事ができなかった。
王国騎士団長が目の前にいる事も忘れるほどに。
ぞぶり、店主の耳元で聞こえた最期の音。
くるくると回る視界。
交互に見える空と地面。
「これで王国の不安は一つ排された」
騎士団長の声に合わせ、拳を握る騎士達。
がしゃりと金属鎧を打つ音が、寂れた町に響き渡った。




