EP01.勇者一行
魔法王国王都の北東にある深き森。鬱蒼とした木々に囲まれる中、獣道を進むのは勇者一行。
「ちょっと、マサヨシ! 置いていく気?」
「あ、ごめん、カーラ。ちょっと夢中になってた」
「まったくもう!」
呼ばれた声に手を差し出したのは、勇者マサヨシ。とんがり帽をかぶった魔法使いカーラは、はにかみながらもその手を取り、小川をぴょんと飛び越えた。
「よくできました」
「う、うるさいわね! いつまでつかんでるのよ!」
カーラはマサヨシの手を払い、ずんずんと歩き出す。
「きゃあっ!」
「カーラさん!」
木の根に足を取られ、べしゃりと転んだカーラ。とっさに駆けよるのは神官のホリー。
「じっとしていてくださいね」
ホリーはカーラの体を起こすと、擦りむいてしまった膝に癒しを与えた。
マサヨシはそんな二人の様子を苦笑を浮かべて見ていた。
「ふう、思ったより大変だな」
ぽんとマサヨシの肩に手を置くのは、戦士エヴァン。木漏れ日にきらめく金属鎧と、鍛えられた体躯が目立つ。だが彼もまた森の道程は得意ではないようだった。
「まさかとは思うが、無目的に歩いているわけではないだろうな、マサヨシ」
「もちろんさ」
訝しげな表情を浮かべるエヴァンに、マサヨシは自信ありげに答えた。
「聖女伝承を思い出してみてよ」
「人を蝕み魔王を誕生させる不浄を消滅させた、というやつか?」
「ああ、それだ。聖女は不浄を消滅させたから、言い伝えとなったんだ」
「それで?」
もどかしげなエヴァンをよそに、マサヨシはニヤリと笑みを浮かべた。
「それはつまり、“聖女は不浄がないと成立しない”ということ」
「……っ!」
「だから既に不浄に侵された町や村をたどれば、自ずと聖女は見つかるはずなんだ」
思わぬ角度の論理を呈するマサヨシに、エヴァンは閉口するしかなかった。そんな彼を面白がるように、マサヨシは言葉を続けた。
「ちょっと“メタい”けど、“RPG”の常識さ」
「ん? めた? あーるぴーじー?」
「いや、なんでもないよ」
エヴァンはマサヨシの不思議な言葉に首をかしげつつも、妙な説得力を感じていた。
「となると、これから向かう先は不浄があるのでしょうか?」
カーラの癒しを終えたホリーが、不安そうな表情で声をかけてきた。
「いや、王都で不穏な噂話を耳にしただけさ。不浄があるかはわからない」
「そうですか……」
ホリーはペンダントを握りしめ、祈るように目を閉じた。
「そんなことよりも、いつになったら町に着くわけ?」
二人の会話に割って入るカーラ。ホリーの魔法で傷は癒えたようだが、慣れない移動のせいか疲れているようだった。
マサヨシはその様子に気付いていないのか、真っ直ぐにカーラの期待を否定した。
「え、だいぶ先だけど?」
「どういうこと? もう暗くなってきてるのよ」
「そうだね」
「……もしかして、野宿するつもりじゃ」
「あれ、言ってなかったっけ?」
あっけらかんと答えるマサヨシに、カーラとエヴァンの表情が変わる。
「マサヨシ!!」
「おいおい聞いてないぜ!」
驚き慌てたカーラとエヴァンの声が、深い森に虚しく響き渡った。
呼応するように、ざわざわと枝葉が揺れ、樹上から影が落ちる。
間もなく、どさりと降ってくる人影。
「うわっ?!」
「きゃあっ!!」
飛び上がるように驚くエヴァンとカーラ。
二人の目前には、一人の男が立ち上がる。すらりとしたスタイルが目立つ、軽装を身にまとった斥候のポールがいた。
「な、なんだ。ポールか。どうした?」
のけぞり顔をひくつかせるエヴァンに、ポールはただ静かに答える。
「この先の安全は確保した。野宿でも問題ない」
「え? そ、そうか……それはよかった」
苦笑を浮かべるしかないエヴァン。その視線はカーラと合い、二人揃ってがっくりと項垂れた。
✽ ✽ ✽
日はすっかりと沈み、重なり合う葉の隙間に夜が溶け込む。
立ちのぼる淡い煙が空にかかり、ぱちりと弾ける焚き火が辺りを照らしていた。
「いやぁ、おいしかった」
「ああ、悪くなかった」
満足そうな表情のマサヨシとエヴァン。カーラだけは納得いってない様子。
「宿の方がもっとよかったわよ」
「あら、お口に合いませんでしたか?」
「お、おいしかったわよ」
「ふふ、お粗末さまでした」
頬を染めながら目をそらすカーラに、ホリーは笑みを浮かべていた。
和やかな空気の中、マサヨシがホリーに声をかけた。
「ホリーは本当に料理上手だね」
「ありがとうございます」
「決め手は香辛料かい?」
「あら、わかりますか? 満腹亭の方にいただいたものなんですよ」
皆が納得したように頷く中、エヴァンが口を開いた。
「よくわかったな、マサヨシ」
「香りがとてもよかったからね。それに体も温まってきたから、もしかしたらってね」
「なるほど、香辛料にそんな効果があるのか」
「夜が深まれば冷えてくるし、助かるね」
何げない二人の会話。ただ、ホリーだけは違和感を覚えていた。
“そんな効果のある香辛料はあっただろうか”と。
ホリーが一抹の不安を伝えようとした時、マサヨシの声に遮られた。
「そういえばポールはどこに行ったんだろう?」
「早々に食事を終えると、また木の上に行ってしまわれましたわ」
「ストイックだなぁ」
マサヨシがふと見上げると、一つのシルエットが樹上に浮かんでいた。プロフェッショナルな姿勢に抱く安心感。
だが、身じろぎしない姿に違和感も覚えた。
「ポール?」
マサヨシの呼びかけに応える声はない。
代わりに崩れるシルエット。
不自然に傾き、ぐらりと揺れる。
間もなく、どさりと降ってくる人影。
「え?」
ぴくりとも動かないポール。立ち上がることはなく、白目を剥き、口から赤い泡を噴いていた。
「っ!?」
マサヨシ達は一斉に飛び退き、警戒心を高めた。
「な、なんだよ、これ?!」
「ちょっとぉ、どう、なってるぅの?!」
エヴァンは盾に手を伸ばし、カーラが杖を握る。だが、二人とも力が入らないのか、するりと落とす。足元もおぼつかず、立っているのがやっとのよう。
「こ、れは……」
ホリーは、何かに気づいたように胸に手を添える。祈る手に宿る聖なる光。同時に彼女の口角から垂れる赤い筋。力なく傾く体。霧散する光。
「ホリー!」
マサヨシが駆け寄りホリーの体を受け止める。だが彼女の反応はない。目は固く閉じ、口元は血で染まっていた。
「マサ、ヨシ」
たどたどしい声に呼ばれ、思わず目を向けるマサヨシ。
「エヴァン?」
もう声は聞こえない。よろめきながらも右手を伸ばしていた。
「ああ……」
応えるように手を伸ばすマサヨシ。
エヴァンが笑った。
緩んだ口元から、赤い液体が零れる。
伸ばした右手は落ち、そのまま倒れていった。
地面に伝う赤黒い血。
それは既に倒れていたカーラまでも染めていく。
「み、みんな」
マサヨシは声をかけながら視線を動かすが、応える者は誰もいない。
額に浮かぶ脂汗。激しく胸打つ鼓動。熱を帯びる体。次第に呼吸が荒くなり、込み上げてくるものを感じていた。
「ぐふっ」
口の中に広がる生臭い鉄の臭い。どろりと溢れる血。同時に四肢は脱力し、倒れることしかできなかった。
遠のく意識の中、微かに聞こえる足音。同時に聞こえる男性の呟くような声。
「時間がかかったな」
マサヨシは残った力を振り絞り、声の方を向いた。
「あ、あなたは」
「ほう、まだ意識があるのか。さすが勇者、というわけか」
視線の先には、少しふくよかで朗らかな雰囲気の男性がいた。
「満腹亭の、店主さん」
「おや、覚えておいでで」
「なんで、こんな事を……」
「それを知る意味はないだろう」
暗闇に瞬く一筋の光がマサヨシの首筋を通過する。
びしゃりと噴き出す赤い霧。目から失せていく光。
もう誰も声を出すことはできない。
それでもマサヨシの顔は笑っているようだった。




