習慣
食事の後も、すぐに解散にはならなかった。
なんとなく、皆その場に残る。
離れる理由がない。
——いや。
離れるのが怖いのかもしれない。
その中で、最初に動いたのは神父だった。
静かに立ち上がる。
ロビーの端へ歩く。
そして——
膝をついた。
祈りだった。
手を組み、目を閉じる。
小さな声で、何かを呟いている。
言葉は聞き取れない。
ただ、その姿だけがやけに“日常”だった。
(……こんな場所なのに)
違和感がある。
でも同時に、少しだけ安心する。
「……毎日やるつもりか」
正義の男が言う。
「ええ」
神父は目を閉じたまま答える。
「変わらないものは、必要ですから」
「変わらない、ね」
正義の男は鼻で笑う。
「こんな状況で、そんなものに意味があるのか」
「ありますよ」
穏やかな声。
「だからこそ、です」
それ以上は何も言わなかった。
しばらくして、神父は静かに立ち上がる。
次に動いたのは——正義の男だった。
椅子を少しずらす。
床に手をつく。
腕立て伏せ。
一回、二回、三回——
規則的な動き。
「……何してるの」
姉御が呆れたように言う。
「身体を鈍らせないためだ」
「こんなとこで?」
「だからだ」
息を整えながら答える。
「いつ何が起きても動けるようにする」
合理的だった。
でも——
(……それもまた、怖いな)
“戦う前提”で動いている。
その事実が、じわじわと重くなる。
ふと横を見る。
芸術家が、じっとそれを見ていた。
「……美しいな」
ぽつりと呟く。
「は?」
正義の男が止まる。
「無駄のない動き。生きるための行為」
少しだけ笑う。
「そういうのは、嫌いじゃない」
「……理解できないな」
「理解する必要はない」
視線を逸らす。
会話は、それ以上続かなかった。
別の場所では——
姉御が、幼馴染と話していた。
「……大丈夫?」
姉御が聞く。
「何が?」
幼馴染は普通に返す。
「その……さっきの」
言葉を選んでいる。
「死体とか……怖くなかった?」
「んー」
少し考える。
「怖いっていうより、“現実感ない”かな」
軽く言う。
「夢みたいな感じ」
その言葉に、姉御の表情が少し曇る。
「……そう」
「でもさ」
幼馴染が続ける。
「本当に現実なら、逆に冷静になるかもね」
「え?」
「だって、怖がっても意味ないじゃん」
笑う。
その笑顔が——
ほんの少しだけ、ズレて見えた。
(……何だろうな)
言葉は普通なのに。
どこか、引っかかる。
理由は分からない。
でも——
頭のどこかに残る。
違和感として。
ロビーの中央。
椅子が並んでいる。
九つ。
そのうち二つは、空いている。
一つは、もう戻らない席。
そしてもう一つは——
最初から、誰も座っていない席。
なのに。
そこに“誰かがいる気がする”。
視線を逸らした。
考えたくない。
まだ。




