静かな時間
会議が終わっても、すぐに解散する者はいなかった。
動く理由がない。
いや——
動いた先に、何があるか分からない。
ロビーに、重い空気が残る。
さっきまでの言葉が、まだそこにあるみたいに。
「……お腹、すいた」
不意に、幼馴染が言った。
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
正義の男が顔をしかめる。
「この状況でそれか」
「だって普通にすくでしょ」
あっさり返す。
少しだけ、間が空いて——
「……まぁ、そうだな」
誰かが小さく呟いた。
その一言で、張り詰めていたものが少しだけ緩む。
視線が動く。
ロビーの端。
そこに——
食事が用意されていた。
いつの間にか。
「……誰が」
姉御が呟く。
答えはない。
「食べるかどうかは別として」
探偵が言う。
「毒の可能性は考えるべきだ」
「やめてよ、そういうの」
姉御が小さく言う。
「でも否定はできない」
正論だった。
結局——
誰もすぐには手をつけなかった。
「……先に食べる?」
幼馴染がこちらを見る。
「え?」
「毒見」
軽い調子。
冗談みたいに言う。
「やめろ」
思わず言葉が出た。
「冗談だって」
笑う。
でも——
ほんの一瞬だけ、間があった。
(……今の)
何かが、引っかかる。
でも、それが何か分からない。
「……いただきます」
神父が静かに手を合わせた。
そのまま、食事に手をつける。
「ちょっと」
姉御が止めようとする。
「大丈夫です」
穏やかに言う。
「与えられたものには、意味があるはずですから」
「いや、それ意味違うだろ」
正義の男がぼそっと言う。
少しだけ、空気が緩む。
結局、全員が席についた。
円卓。
昨日と同じ配置。
——九つの椅子。
一つだけ、空いている。
誰も触れない。
触れたくない。
食事は、普通だった。
味も、見た目も。
それが逆に気持ち悪い。
「ねぇ」
幼馴染が小さく言う。
「さっきの話、どう思う?」
「……どれだ」
「価値観のやつ」
スプーンを回しながら言う。
「“イカれてる”ってさ」
「……分からない」
正直に答える。
「でも」
言葉が止まる。
「誰でもなり得るとは思う」
口にした瞬間、少しだけ後悔した。
重い。
「でしょ?」
幼馴染はあっさり言う。
「結局さ、それって“見る側”の問題じゃん」
軽く笑う。
「例えばさ」
「人を殺すのがダメっていうのが普通だけどさ」
「それって“普通”だからでしょ?」
スプーンを止める。
「もしさ、それが普通じゃない世界の人がいたら?」
顔を上げる。
「その人にとっては、“殺さない方が変”かもしれないよ?」
沈黙。
誰もすぐには返せない。
「……極論だな」
探偵が言う。
「でも否定はできない」
「でしょ?」
嬉しそうでもなく、ただ言う。
その自然さが、逆に引っかかる。
(……何だ)
違和感。
でも、言葉にできない。
「……俺は認めない」
正義の男が言う。
「人を殺すのは悪だ。それは絶対だ」
「絶対って何基準?」
幼馴染が返す。
空気が少し張る。
「人としての基準だ」
「人って何?」
一瞬、言葉が止まる。
「……やめよう」
姉御が間に入る。
「今それやる話じゃない」
少しだけ疲れた声。
沈黙が落ちる。
食器の音だけが響く。
ふと、視線を感じた。
顔を上げる。
誰かと目が合った気がした。
でも——
誰もこちらを見ていない。
(……気のせいか)
円卓を見る。
椅子が並んでいる。
一つ、空いている。
誰も座らない席。
でも——
そこに“誰かがいた気がする”。
目を逸らした。
考えたくない。
まだ。




