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第ニ章 始まりの死

 悲鳴で、目が覚めた。

 喉を裂くような声だった。

 一瞬で意識が引き戻される。

 心臓が跳ねる。

 息が浅い。

(……今のは)

 考えるより先に、身体が動いていた。

 扉を開ける。

 廊下に出る。

 すでに、何人かが顔を出していた。

「今の……」

「聞いたよな」

 声が重なる。

 ざわついている。

 でも——誰も動かない。

 分かっているからだ。

 その先に、何があるのか。

「……行くしかない」

 低い声。

 正義の男だった。

 自分に言い聞かせるように、一歩踏み出す。

 その背中に引かれるように、全員が動いた。

 足音がやけに響く。

 距離は短いはずなのに、長く感じる。

 廊下の奥。

 一つの扉の前で、足が止まった。

 そこに——

 人がいた。

 姉御だった。

 扉の前に立ち尽くしている。

 こちらに背を向けたまま、動かない。

「……おい」

 正義の男が声をかける。

 反応がない。

 一歩、近づく。

 その瞬間——

 姉御の肩が、大きく震えた。

「……来ないで」

 かすれた声。

 空気が止まる。

「……何が、あった」

 探偵が静かに問う。

 少しの沈黙。

「……いる」

 短い言葉。

「中に……人が……」

 それ以上、続かなかった。

 誰もすぐには動けない。

 分かってしまったからだ。

「……開ける」

 正義の男が前に出る。

「待って」

 姉御が止める。

 振り向いた顔は、崩れていた。

 恐怖で、歪んでいる。

「見ない方がいい……」

 それでも——

 止まらなかった。

 扉が、ゆっくりと開く。

 最初に見えたのは、色だった。

 赤。

 床に広がっている。

 一瞬、理解が追いつかない。

 遅れて、匂いが来る。

 鉄みたいな、重い匂い。

 視線を上げる。

 そこに——

 人が倒れていた。

 動かない。

 不自然な角度。

 目は開いたまま、どこも見ていない。

 平和主義の女性だった。

 昨日、あんなに小さな声で

 「争いは避けたい」と言っていた人。

 もう、動かない。

「……嘘だろ」

 誰かが呟く。

「だから言ったんだ」

 正義の男の声。

「これはゲームじゃない」

 誰も否定できなかった。

 現実だ。

 もう——戻れない。

「……誰が見つけた」

 探偵の声。

 冷静すぎるほど冷静だった。

 全員の視線が、ゆっくりと動く。

 姉御へ。

「……私」

 かすれた声。

「物音がして……気になって……」

 視線が床に落ちる。

「……開けたら、もう……」

 言葉が途切れる。

「部屋は荒らされてないな」

 探偵が周囲を見る。

「抵抗の跡も少ない」

「やめて」

 姉御の声。

「今、それ言う必要ある?」

「ある」

 探偵は止まらない。

「次を防ぐためには必要だ」

 正しい。

 でも、冷たい。

「……誰だよ」

 小さな声。

「こんなことしたやつ」

 その一言で、空気が変わる。

 全員の視線が、動く。

 互いを見る。

 探る。

(……違う)

 昨日とは違う。

 ここにいる全員が——

 “可能性”になった。

「ロビーに戻ろう」

 探偵が言う。

「ここにいても意味がない」

 誰も反対しなかった。

 ここにいたくなかった。

 ロビー。

 昨日と同じ場所。

 なのに、まるで違う。

 空気が重い。

 張りついている。

「確認する」

 探偵が口を開く。

「この中に、“やったやつ”がいる」

 沈黙。

「そして——まだここにいる」

 視線が、ゆっくりと巡る。

「ふざけるな!」

 正義の男が机を叩く。

「こんな卑劣なことをするやつが、ここにいるわけがない!」

「でもいるんだよ」

 探偵が静かに言う。

「実際に死んでいる」

 言葉が、詰まる。

「人は死ぬ」

 芸術家が、ぽつりと呟く。

「それは自然なことだ」

「黙れ」

 正義の男の声が低くなる。

 価値観がぶつかる。

「……やめて」

 姉御の声。

「もう、やめよう……」

 限界だった。

 議論は進まない。

 疑いだけが、残る。

「……大丈夫?」

 隣から声。

 幼馴染だった。

 いつも通りの声。

 いつも通りの距離。

 それだけで、少しだけ現実に戻る。

「……ああ」

 でも、本当は——

 全然、大丈夫じゃない。

 この時、まだ誰も知らない。

 これが“始まり”にすぎないことを。

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