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理想論

遠くで、何かが落ちる音がした。

 金属みたいな音。

 静かな館の中で、やけに大きく響く。

 二人同時に顔を上げる。

「……何?」

 幼馴染の声が少しだけ小さい。

「分からない」

 主人公は立ち上がる。

 嫌な音だった。

 事故というより。

 誰かが“何かをした”音。

「行くの?」

「……確認だけ」

 部屋の扉へ向かう。

 ゆっくり開ける。

 廊下。

 薄暗い。

 静か。

 さっきまでの音が嘘みたいだった。

 幼馴染も後ろから出てくる。

「なんか怖いんだけど」

「今さらだろ」

「そうだけどさぁ」

 廊下を進く。

 ロビーの方から、微かに光が見えた。

 誰かいる。

 近づく。

 ロビー。

 そこにいたのは——

 芸術家だった。

 一人。

 椅子に座っている。

 机に肘をつきながら、ぼんやり空間を眺めていた。

「……何してる」

 主人公が聞く。

 芸術家はゆっくりこちらを見る。

「音?」

「違う」

 小さく笑った。

「椅子を数えていた」

 空気が少し冷える。

 芸術家の視線が机へ向く。

「一つ余っている」

 九つ目の椅子。

 誰も座っていない席。

「気持ち悪いと思わないか?」

 幼馴染が少し顔をしかめる。

「……そういうのやめて」

「事実だ」

 芸術家は静かに言う。

「“空いている”んじゃない」

「“待っている”みたいだ」

 主人公は無意識に椅子を見る。

 九つ目。

 誰もいない席。

 なのに。

 妙に存在感があった。

「……趣味悪いな」

 主人公が言う。

「そうか?」

 芸術家は少し笑う。

「欠けているものには、美しさがある」

「理解できない」

 幼馴染が即答する。

「それは幸せだ」

 芸術家は否定しなかった。

 その時。

 別の足音。

 振り向く。

 神父だった。

 手には古い聖書。

「眠れませんか」

 穏やかな声。

「そっちもだろ」

「ええ」

 神父は軽く頷く。

「こういう時ほど、人は祈りたくなるものです」

「神様が助けてくれるって?」

 幼馴染が聞く。

 神父は少し考えた。

「分かりません」

「ですが、祈ることで救われる人もいます」

 静かな答え。

 その時。

 また足音。

 今度は重い。

 正義の男だった。

 館を見回っていたのか、少し険しい顔をしている。

「異常はない」

 短く言う。

「律儀だな」

 芸術家が笑う。

「黙れ」

 空気が張る。

 価値観が合わない。

 見てるだけで分かる。

「……探偵は?」

 主人公が聞く。

 正義の男が短く答える。

「調べている」

「何を」

「知らん」

 その時だった。

 ロビー奥の暗闇から。

 声。

 探偵だった。

 いつの間にかそこに立っていた。

 幼馴染が少し肩を跳ねさせる。

「びっくりした……」

 探偵は気にせずロビーを見る。

「窓が少ない」

「出入口も限られている」

「まるで、最初から閉じ込める前提だ」

 誰も返せない。

 現実感がなかった。

 でも。

 少しずつ理解してしまっている。

 ここは普通じゃない。

 帰れないかもしれない。

 その事実を。

「……争うの、やめませんか」

 静かな声だった。

 全員の視線が向く。

 今まであまり話していなかった女性。

 平和主義の女性だった。

「まだ誰も死んでないんです」

 不安そうに言う。

「なら、疑い合う必要ないと思う」

 少しだけ沈黙。

 正義の男が腕を組む。

「理想論だな」

「そうかもしれません」

 平和主義は否定しない。

「でも、こんな場所だからこそ」

「信じないと駄目だと思うんです」

 弱い声。

 でも、本気だった。

 芸術家が小さく笑う。

「……一番最初に死にそうだ」

 空気が止まる。

「おい」

 主人公が低く言う。

 だが芸術家は気にしない。

「善人は壊れやすい」

「極限状態ならなおさらだ」

 平和主義の顔が少し強張る。

「そういうこと言わないでよ」

 幼馴染が嫌そうに言う。

「怖がってる人に言うことじゃないでしょ」

 芸術家は少しだけ肩をすくめた。

「事実を言っただけだ」

「最悪」

 幼馴染が小さく呟く。

 神父が静かに聖書を閉じる。

「言葉は時に刃になります」

「こんな状況だからこそ、慎むべきでしょう」

「……は」

 芸術家が笑う。

「綺麗事ばかりだ」

「綺麗事でも、必要な時はあります」

 神父は穏やかだった。

 でも、その目だけは真っ直ぐだった。

 正義の男が机を軽く叩く。

「もう休め」

「これ以上話しても進まん」

 誰も反対しなかった。

 疲れていた。

 頭も。

 心も。

 理解できない状況に置かれ続けている。

 限界だった。

「……行こ」

 幼馴染が主人公の袖を軽く引く。

「ああ」

 ロビーを離れる。

 その時。

 ふと。

 平和主義の女性と目が合った。

 無理に笑っていた。

 大丈夫だと言い聞かせるみたいに。

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