忠告
部屋に入る。
静かだった。
簡素な部屋。
ベッド。 机。 棚。
必要最低限だけ置かれている。
「……ホテルみたい」
幼馴染が後ろから入ってくる。
「いや、ホテルにしては趣味悪いだろ」
白い壁。
白い天井。
生活感がない。
誰かが“用意した空間”という感じだけが強かった。
「でもさ」
幼馴染がベッドへ座る。
「少し安心した」
「何が」
「主人公がいるから」
自然に言われる。
その言葉に、少しだけ息が楽になる。
「……普通逆だろ」
「逆じゃないよ」
幼馴染は笑う。
「私、主人公がいない方が怖いし」
その言葉が妙に残る。
外。
知らない場所。
知らない人間。
意味不明なゲーム。
でも。
隣に幼馴染がいる。
それだけで、現実がまだ壊れ切っていない気がした。
「ねぇ」
「何」
「誰が怪しいと思う?」
少し考える。
「……全員」
「うわ」
幼馴染が苦笑する。
「でも分かるかも」
「普通じゃないもんね」
普通。
その言葉に少し引っかかる。
正義を語る男。
死を美しいと言う芸術家。
全てを見透かす探偵。
神に意味を求める神父。
確かに、全員どこかズレていた。
「特に芸術家」
幼馴染が顔をしかめる。
「人が死ぬのが美しいって何」
「価値観だろ」
「嫌な価値観」
即答だった。
少しだけ笑いそうになる。
その時。
コンコン。
扉が鳴った。
二人同時に止まる。
空気が変わる。
「……誰」
返事はない。
静か。
もう一度。
コンコン。
今度は少し強い。
主人公がゆっくり扉へ近づく。
開ける。
そこにいたのは——
「失礼」
探偵だった。
相変わらず静かな目。
「……何」
「少し確認したいことがある」
探偵は部屋の中を見る。
幼馴染。
机。
ベッド。
観察されている感じがした。
「確認?」
「ああ」
探偵は淡々と言う。
「君達、本当に昔から一緒か?」
一瞬。
空気が止まる。
「……は?」
「いや、単純な疑問だ」
「この状況で、君達だけ妙に距離が近い」
「だから確認したくなった」
探るような視線。
不快だった。
「本当に幼馴染だよ」
幼馴染が少し前へ出る。
「小さい頃から一緒」
「なるほど」
探偵は頷く。
「じゃあ次」
「主人公」
「……何だ」
「君はどうして、ここまで落ち着いてる?」
その質問に。
自分でも少しだけ止まった。
探偵の視線は静かだった。
責めるわけでもない。
ただ、本当に疑問を向けているだけ。
「……落ち着いてるように見えるか」
「少なくとも、他の人間よりは」
探偵は答える。
「普通なら、もっと混乱している」
「叫ぶか、怒るか、否定するか」
「だが君は違う」
言葉を選ぶみたいに続ける。
「……“観察している”」
胸の奥が少しざわつく。
「癖みたいなもんだ」
適当に返す。
探偵は少し黙った。
「なるほど」
本当に納得したのかは分からない。
でも、それ以上は追及しなかった。
「一つ忠告だ」
「……何」
「今は誰も信用しすぎない方がいい」
探偵の視線が一瞬だけ幼馴染へ向く。
「たとえ幼馴染でも」
空気が少し冷える。
「それ、どういう意味?」
幼馴染の声が少し強くなる。
「言葉通りだ」
探偵は淡々としていた。
「この状況では、関係性は証明にならない」
「むしろ利用されることもある」
「……疑いすぎじゃない?」
「そうかもしれない」
探偵は否定しない。
「だが、死ぬよりはいい」
静かな声だった。
その言葉だけ妙に重い。
探偵は軽く頭を下げる。
「邪魔した」
そのまま部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
「……何あいつ」
幼馴染が小さく呟く。
「感じ悪」
「でも間違ったことは言ってない」
「主人公までそっち側?」
少しだけ不満そうな顔。
「そういう意味じゃない」
ベッドへ腰掛ける。
頭が重い。
探偵の言葉が妙に残る。
『誰も信用しすぎるな』
そんなの、今さらだった。
自分は昔から、 誰かを簡単に信用できる人間じゃない。
だからこそ。
幼馴染だけが特別だった。
「……ねぇ」
幼馴染がこちらを見る。
「主人公はさ」
「もし本当に殺人鬼いたら、どうする?」
一瞬。
考える。
「……分からない」
「でも、お前だけは守る」
自然に出た言葉だった。
幼馴染が少し目を丸くする。
「……なにそれ」
笑う。
でも、その笑顔は少しだけ弱かった。
「ありがと」
小さい声。
その時だった。
——ジジッ。
部屋の電気が一瞬だけ揺れる。
二人同時に天井を見る。
「……なに今」
幼馴染が不安そうに呟く。
沈黙。
次の瞬間。
遠くで。
何かが落ちる音がした。




