会議
モニターの光が消えても、誰もすぐには動かなかった。
ついさっきまで確かに“何か”が喋っていた。
けれど今は、ただの黒い画面がそこにあるだけだ。
静かすぎる。
誰も音を立てようとしないせいで、呼吸や衣擦れの音だけがやけに大きく響く。
(……おかしい)
現実のはずがない。
なのに、床の硬さも、空気の冷たさも、妙にはっきりしている。
夢にしては、現実すぎた。
——隣を見る。
幼馴染がいる。
それだけで、かろうじて意識が繋ぎ止められる。
「……ふざけているな」
低い声が空気を切った。
視線が集まる。
腕を組んだ男。
迷いのない目。
「殺人鬼? ゲーム? 成立するはずがない」
断言だった。
その強さが、逆に浮いている。
「成立しない、か」
別の声。
静かだった。
全員の視線がゆっくりとそちらへ向く。
冷静な目の男——探偵。
「ここがどこか分からない。どうやって来たかも分からない。あのモニターも説明できない」
一つずつ確認するように言う。
「その状況で“成立しない”と断言するのは、少し早いんじゃないか」
「……なら、お前は信じるのか」
正義の男が睨む。
「信じるかどうかの問題じゃない」
探偵は淡々と返した。
「分からない以上、可能性として扱うべきだ」
沈黙。
否定はできなかった。
「ねぇ、ちょっといい?」
柔らかい声が割り込む。
全員の視線が向いた。
姉のような雰囲気の女性だった。
落ち着いている。
でも、その奥にははっきりと恐怖がある。
「今は言い争っても仕方ないと思うの」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「まずは整理しない? 名前とか、分かることとか」
「……合理的だ」
正義の男が短く言う。
「それでいこう」
自己紹介が始まった。
「俺は正義を信じている。それだけだ」
名前は名乗らない。
でも、それで十分だった。
「僕は神に仕える者です」
穏やかな声。
神父が軽く頭を下げる。
「この状況にも、意味があるはずです」
「……意味なんてない」
ぽつりと別の声。
芸術家だった。
遠くを見るような目。
「ただの結果だ。人は死ぬ。それは——美しい」
空気が冷える。
「私はそうは思わない」
すぐに否定が入った。
姉御だった。
「人が死ぬことに価値なんてない。あるのは悲しみだけ」
「価値はあるさ」
芸術家が小さく笑う。
「見方の問題だ」
「そんなもの、認められるか」
正義の男の声が強くなる。
価値観がぶつかる。
すでに噛み合っていない。
「僕は探偵だ」
探偵が流れを切る。
「観察させてもらう。“誰が嘘をついているか”は見極める」
視線がこちらへ向く。
喉が乾いた。
「……ただの一般人だ」
それしか言えなかった。
「私はこの人の幼馴染」
隣から声。
迷いなく一歩前へ出る。
「それで十分でしょ?」
笑っていた。
いつも通りの顔。
——なのに、どこかだけ引っかかる。
一通り終わる。
理解はしていない。
でも一つだけ分かる。
——誰も普通じゃない。
「ねぇ」
幼馴染が小さく言った。
「この状況、ちょっと似てない?」
「何に」
「前に読んだ小説。閉じ込められて、殺人鬼がいるやつ」
数人が反応する。
「確かに、似てはいるな」
探偵が頷く。
「だが一致しない。ルールが曖昧だ」
「なら意味はない」
正義の男が言う。
「参考にもならない」
主人公は
「……知らない」
口に出ていた。
視線が集まる。
「そういうの、読まないから」
少しの沈黙。
会議は、それ以上進まなかった。
分からないことばかりで、答えが出ない。
「今日はここまでにしよう」
姉御が言った。
誰も反対しなかった。
それぞれ、自分の部屋へ戻っていく。
用意されていた部屋。
まるで、最初から決まっていたかのように。
扉の前で、ふと振り返る。
ロビー。
机。
椅子。
数える。
一、二、三——
九つ。
だが、ここにいるのは八人。
(……多い)
違う。
足りないんじゃない。
——余っている。
誰も座っていない椅子が、一つ。
最初から“そこにあるべきもの”みたいに。
視線を逸らした。
考えたくなかった。
この違和感の意味を、まだ知らない




