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真実に向かって

誰も口を開かなかった。

椅子を引く音だけが、静かに響く。

九脚あった椅子。

そのうち四つは空いている。

昨日まで。

そこに誰かが座っていた。

それだけで胸が苦しくなった。

探偵がゆっくり立ち上がる。

「整理しよう。」

誰も反対しない。

「神父は部屋で死亡していた。」

「死因は胸を一突き。」

「抵抗した形跡はない。」

静かな声だった。

「手には聖書。」

「祈る直前だった可能性が高い。」

姉御が俯く。

「そんなの……。」

「防ぎようがないじゃん。」

「ああ。」

探偵は短く答えた。

「だが、それだけじゃない。」

全員が顔を上げる。

「部屋を調べていて、気になるものが二つ見つかった。」

部屋の空気が少しだけ張りつめる。

「一つは神父の日記だ。」

主人公も思い出す。

机の上に置かれていた古びた日記。

探偵だけが最後まで読んでいた。

「最後のページだけが破られていた。」

幼馴染が目を丸くする。

「最後だけ?」

「ああ。」

「綺麗に一枚だけ。」

姉御が小さく呟く。

「犯人が持っていったのかな。」

探偵は少し考えた。

「……その可能性が高い。」

「何が書いてあったんだろ。」

幼馴染の問いに。

探偵は首を横に振る。

「分からない。」

「だから現時点では推測しかできない。」

主人公は探偵を見る。

ほんの一瞬だけ。

探偵が何か考え込んでいるように見えた。

だが、それ以上は何も言わなかった。

「もう一つ。」

探偵が続ける。

「部屋から包丁が一本見つかった。」

主人公の肩が僅かに震える。

「あ……。」

「あの時、お前が拾った包丁だ。」

全員の視線が主人公へ向く。

「ご、ごめん。」

「危ないと思って……。」

探偵は首を振った。

「責めてはいない。」

「ただ。」

「主人公が触れたことで、指紋は主人公のものしか確認できなくなった。」

姉御が小さく息を吐く。

「じゃあ……。」

「証拠にはならない。」

探偵が静かに言う。

「凶器かどうかも断定できない。」

その話は、それで終わった。

主人公は少しだけ胸が痛んだ。

善意だった。

けれど。

善意だけでは済まないこともある。

探偵は話を戻した。

「神父は祈りの最中だった。」

「つまり犯人は。」

「殺せる状況を待っていた。」

幼馴染が聞く。

「待ってた?」

「ああ。」

「神父が一人になるまで。」

「抵抗できない姿勢になるまで。」

「確実に仕留められる瞬間まで。」

部屋が静まり返る。

「つまり。」

「焦っていない。」

「失敗もしない。」

「慎重な犯人だ。」

主人公は思わず口を開く。

「……それって。」

「かなり近くで見てたってことか。」

「ああ。」

探偵は頷く。

「神父の行動を把握していた可能性が高い。」

その一言で。

全員の表情が曇った。

姉御が小さく呟く。

「ずっと……見られてたってこと?」

誰も答えない。

答えられなかった。

幼馴染が静かに言う。

「ねぇ。」

「犯人って、本当に一人なの?」

探偵は少しだけ目を閉じる。

「断定はできない。」

「だが。」

「俺は一人だと思っている。」

「理由は?」

「複数なら。」

「もっと大胆に動ける。」

「一人が見張り。」

「一人が殺す。」

「役割を分けられる。」

「それなら。」

「ここまで慎重に機会を待つ必要はない。」

主人公は昨日を思い返す。

芸術家。

正義の男。

そして神父。

全員。

一人になった時を狙われていた。

偶然とは思えない。

探偵は最後に言った。

「もちろん推測だ。」

「決定的な証拠はない。」

「だが。」

「今、一番筋が通る。」

姉御は深く息を吐いた。

「……もう。」

「誰も一人にならないで。」

その声は命令ではなかった。

願いだった。

探偵も静かに頷く。

「今日から行動は必ず二人以上。」

「部屋を出る時も。」

「食事も。」

「風呂も。」

「単独行動は禁止だ。」

幼馴染が苦笑する。

「修学旅行みたいだね。」

誰も笑わなかった。

でも。

否定もしなかった。

「今日は解散だ。」

探偵が言う。

「何かあればすぐ呼べ。」

「絶対に一人になるな。」

椅子が引かれる。

一人。

また一人。

席を立っていく。

主人公は最後に振り返る。

四つの空席。

誰も座らない椅子。

その静けさだけが。

やけに胸に残った。

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