最終章 それでも朝はやってくる
朝だった。
目を覚ましても、体はすぐには動かなかった。
天井を見つめる。
昨日の出来事が、何度も頭をよぎる。
二人、死んだ。
芸術家。
そして、正義の男。
目を閉じれば、あの光景が浮かぶ。
それでも朝は来る。
何事もなかったように。
それが少しだけ腹立たしかった。
深く息を吐く。
部屋を出た。
廊下は静かだった。
人の気配がない。
ただ、自分の足音だけが響く。
少し歩くと、ロビーの方から話し声が聞こえた。
「……だから、一人になるのはやめない?」
姉御の声だった。
ロビーへ向かう。
そこには姉御、幼馴染、探偵の三人が集まっていた。
「おはよ」
幼馴染が小さく手を振る。
「……おはよう」
返すと、姉御がこちらを見る。
目の下には薄く隈ができていた。
「寝れた?」
「少しだけ」
「私は無理だった」
苦笑いを浮かべる。
「目を閉じるたびに昨日が出てくるんだもん。」
誰も返事をしなかった。
返せなかった。
探偵だけが静かに腕を組んでいる。
姉御は空気を変えるように息を吸った。
「だからさ。」
「今日から、一人で行動するのは禁止。」
全員が姉御を見る。
「風呂も。」
「食事も。」
「部屋を出る時も。」
「必ず誰かと一緒。」
「合理的だ。」
探偵が短く言う。
「でしょ?」
姉御は少しだけ笑う。
「もう三人も死んでる。」
その言葉と同時に。
全員の視線が机へ向いた。
空席が三つ。
昨日まで座っていた場所。
誰も座らない。
座れない。
静かだった。
「……神父は?」
幼馴染が辺りを見回す。
誰もいない。
「見てない。」
主人公が答える。
探偵が立ち上がった。
「探しに行こう。」
反対する者はいなかった。
四人で廊下を歩く。
足音だけが一定のリズムを刻む。
その静けさが、かえって耳についた。
「ねぇ。」
姉御がぽつりと言う。
「こうして歩いてるとさ。」
「普通なんだよね。」
「普通?」
幼馴染が首を傾げる。
「うん。」
「修学旅行みたい。」
一瞬。
時間が止まる。
誰も笑わない。
「……ごめん。」
姉御が苦笑した。
「いや。」
探偵が静かに言う。
「分かる。」
「え?」
姉御が目を丸くする。
「分かるんだ。」
「人は異常に慣れる。」
探偵は前を向いたまま続けた。
「慣れなければ、心が先に壊れる。」
誰も否定しなかった。
その言葉は。
今の自分たち、そのものだった。
神父の部屋の前で立ち止まる。
探偵が扉を叩いた。
「神父。」
返事はない。
もう一度。
「神父。」
静かだった。
「まだ寝てるのかな。」
幼馴染が小さく笑う。
その笑顔は、すぐ消えた。
探偵がドアノブに手を掛けたからだ。
「開ける。」
ゆっくりと扉が開く。
部屋には朝日が差し込んでいた。
綺麗に整えられたベッド。
開け放たれた窓。
静かな空気。
「……いない?」
姉御が一歩踏み出す。
「待て。」
探偵の低い声。
全員の足が止まる。
探偵は部屋の奥を見つめていた。
視線を追う。
床。
そこに。
神父が倒れていた。
「……え。」
幼馴染の声が震える。
主人公は息を呑んだ。
神父は横向きに倒れていた。
その手には聖書。
胸の前で抱くように握られている。
開いたページには血が滲んでいた。
昨日まで笑っていた人だった。
「神は見捨てません。」
そう言っていた人だった。
なのに。
今は。
何も言わない。
「神父さん……。」
姉御がゆっくり近づこうとする。
「触るな。」
探偵が静かに止めた。
自分だけが神父のそばへ歩いていく。
しゃがみ込む。
胸元を見る。
周囲を見る。
部屋全体を見る。
数秒。
誰も声を出さなかった。
「……胸を一突き。」
探偵が立ち上がる。
「ほぼ即死だ。」
声は落ち着いていた。
だが。
ほんの少しだけ。
重かった。
主人公は神父の右手を見る。
聖書を離していない。
まるで。
最後まで祈ろうとしていたみたいだった。
「……祈る前だったのか。」
探偵が小さく呟く。
返事はない。
あるはずもない。
「なんで……。」
姉御が唇を噛む。
「なんで神父さんが。」
幼馴染は何も言えなかった。
ただ神父を見つめている。
主人公も同じだった。
昨日までそこにいた人が。
こんなにも簡単に。
いなくなる。
それが。
どうしても現実に思えなかった。
探偵が静かに振り返る。
「ロビーへ戻ろう。」
「話を整理する。」
四人は部屋を出る。
主人公は最後に一度だけ振り返った。
神父は最後まで。
聖書を離していなかった。




