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透明  作者: 弘奈文月
9/9

「犬じゃないんですけど」

 

 翌朝目覚めると、間近で私を見つめるみーくんと目があった。にぃっと爬虫類のように細められた目で無言のまま見つめられる。


「……」

「……」


 お互いに何も喋らない。不思議と嫌な感じはしなかった。それでも、ずっとそのままでいる訳にもいかず、しぶしぶ口を開く。


「おはよう、ございます」

「よぉく寝てたねぇ?」


 自分の身体に回っていたみーくんの腕をほどいて身体を起こす。

 頭痛はさっぱり消えていて、目覚めはとても良かった。


「今日、何か予定ある?」


 取り合えず聞いてみることにして、みーくんへと視線を向ける。


 未だ横たわったままの姿でゆるりと笑みを浮かべ、頭の横に置いていたスマートフォンを手にした。仰向けで操作して私を見たみーくんは楽しそうに目を細める。


「ちょーっと顔出しに行くけど、りんちゃんも来る?」

「行かない」

「まだ行き先も言ってないのにぃ?」


 どうせ楽しい場所じゃないだろうし。“顔出し”に行くなんて明らかに普通の場所じゃないような気がして、私は首を横に振る。


「朝ごはん、食べる?」

「ん、まさかりんちゃんが作ってくれたりしちゃったり」

「目玉焼きでいい?」

「おっけぃ、ばっちこーい」


 軽い。かなり軽い。一夜を共にした――と言うほどのことはしてないけれど、全く変わらない態度というのもどこか私を複雑な気持ちにさせる。


 ベッドから降りてまずは洗面所に向かって鏡を見る。覇気のない顔を豪快に冷水で洗って、化粧水をじんわりと顔に染み込ませた。

 そう言えば。いつの間にかすっぴんを晒していた。取り繕うには今更過ぎると気が付いて、すっぴんを見ても特に何も言わなかったみーくんに思い至る。頭痛で体調悪かったし、それどころじゃなかったのかも知れない。


 バタバタと洗面所を出てリビングに向かったら、そこにみーくんの姿は見当たらなかった。もしかしてまだ、と寝室を覗こうとした瞬間に聞こえたのは軽い調子のお喋りで。


「――だねぇ。ちょーっとおイタが過ぎるなぁ」


 誰かと電話してるのかとちらりと覗けば、気が付いたらしいみーくんは手招きをして私を呼んだ。


「だぁ、かぁ、らぁ、兄貴の方は下がらせといてよ」


 ぐっと私の腰に回した右手をそのまま引き寄せて、みーくんは私の頭の上に顎を置いた。

 禿げる、禿げるから。と、私が抜け出そうとしたのを拒否して力を強める憎たらしいチャラ男。


「――とにかく、龍は俺にソレを引き受けろって言いたいんだよねぇ?」


 睨んで見ても顔色を変えないままで、諦めてされるがままになる。何で呼んだかな、私のこと。朝ごはんの準備も出来ないんだけど、と不満に思う私を尻目にみーくんは呑気に会話をする。


「んー……分かった。りんちゃん連れてくから宜しくー」

「は…?」


 いきなり降って湧いた私の話につい反応してしまう。通話が終わったらしいみーくんは私の頭を解放して、自然な動作で唇を寄せた。朝からディープなキスをかまして、してやったりと笑う姿は不覚にもドキッとするような色気を醸し出す。


「ゴチソーサマ」


 不思議な呪文にしか聞こえないお礼に、反射的にみーくんのお腹へ拳を一発を打ち込んだ。呆気なく腹筋に受け止められて、ダメージは全く与えられない。


「何でこんなに腹筋硬いの?」

「そりゃあ鍛えてるから?」

「どうやって?」

「企業ヒミツ。知りたーい?」

「いや、別に」


 本当は少し知りたいけど、絶対に言わない。企業ヒミツってなに?と疑わしく思いながら、さっきの会話に話を戻す。


「リュウって誰?」

「んー……りんちゃん、会ったことあるっしょ?」

「いつ?って、あ。木偶でくぼうの黒髪?」


 そういえば、あの黒髪の名前は知らなかったような。だったらアイツしかいない、とみーくんを見ると、良くできましたと言わんばかりのにんまり顔で頷かれる。


安形龍あがたりゅうって言ってぇ、うちのアタマ」

「……それは身長的な意味で?」

「強さ的なイミで?」


 確かに不良で頭と言ったら喧嘩で一番、みたいなイメージになるけれど。背の高さはかなり武器になるらしい。そんな強そうにも見えなかった。いや、威圧感はあったけども。微妙な顔をした私にみーくんが不敵な笑みを見せて額をくっ付けてきた。


「りんちゃんも連れて行くからぁ、龍とタキにも会えるよ?」

「会いたくない、あんな失礼な奴ら」

「即答だねぇ。でも、ダイジョーブ」

「……」

「何も言わせねぇよ」


 間近でそんな真剣な顔しないで。そういうのって反則って言うんだけど。笑っていないみーくんが、どうしてだかとても格好いいと私は知っている。三日月にならない目、男にしては白い肌、ぞくりとする色気。手を伸ばしたら引きずり込まれて自分を狂わせられるような危ない雰囲。近寄って欲しくないのに、私には躊躇なく触れてくる。


「最初無理に止めなかったのは、龍とタキの性格を知っておいて欲しかっただけ」

「何で?」

「次に会った時、リンが怖くないように」


 言っている意味は分からないけど、言いたいことは分かるような気がする。つまり、最初のアレが奴らの性格だって私に知らせたかったってことだろうか。


「目立つ髪は、“羽柴充”のトレードマーク」

「前も言ってたね、それ」


 金メッシュの前髪に視線を移したら、みーくんは私から少し離れて距離を空けた。なに?と訝しむように眉を寄せると、真顔のまま腕を広げるみーくん。


「リン」

「なに?」

「おいで」

「犬じゃないんですけど」


 摩訶不思議なみーくんに不満気に文句を言って、唇を尖らせながら近付く。わざわざ離れてからおいでって、なに。みーくんのしたい事がさっぱり理解出来なくて、近寄って所在なさげに目を向けた。そしたら浅く頷かれて、正面から胸元へ包むようにして抱かれる。それに、どんな意味が含まれていたのか、私にはさっぱり分からなかったけれど、みーくんは何かを決めたようにゆっくりと瞳を閉じた。


「呼んだら来いよ」

「なんで命令?」

「今日、広める」

「なにを?」

「しつけぇ奴が居るせいで、予定より早まったけど、頃合い」

「だから何が?」

「――俺のカノジョを紹介すんの」


 それって誰に?と、聞きたいのに、みーくんがやけに嬉しそうに笑ったから、私は思わず口を閉ざした。何がそんなに嬉しいのかって言いたくなるくらい、みーくんは幸せそうに笑う。さっきの“おいで”が胸の中に溶け込んで、私は赤くなる頬を隠す為に身体を回してみーくんに背を向けた。


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