第59話 迎えに来てくれて、ありがとう
「……じゃあ、一から話して」
帰宅早々切り出した私を、みーくんは腕の中に閉じ込めるように抱き締めた。
「なぁにー?」
「私が聞きたいこと分かってるよね。……なんでいきなり就職決まったの」
「んー……喫茶店の方はたまたま?」
「……たまたま?」
首をひねってみーくんを見上げると、額に軽くキスされた。
「――そう。就職のハナシで久住んトコに顔出し行って、りんちゃん迎えに行こうとしたらぁ……」
みーくんは私の腰へ腕を回し、そのまま先導してソファーへ座らせた。
「酒田のオニイチャン……大地が帰国しててねぇ」
「新婚旅行から帰って来なかった人?」
「そう。よく覚えてんね。久しぶりだからって捕まったんだよねぇ……アイツしつこいし」
隣に座ったみーくんが距離を詰めてくる。
手で押し戻しながら、先を促すように目を向けた。
「で、久住に雇われるってハナシを言ったらさぁ……大地がいきなりtrumpくれって言い出して」
「……くれ?」
「そー。大地、何でもかんでもいきなり始めるんだよねぇ。って言っても、trumpは前から狙ってたらしいけど」
「久住さん、何で譲るって言ったの?」
「譲るって言うか、カタチとしては交代かなぁ。タキを森カフェに入れるって条件が通ったから」
衝撃の事実。
みーくんは簡単に口にしたけれど、それって凄いトントン拍子。
しかも、かなり恵まれてる。
「……っていうか、ちょっと待って。久住さんも、その大地さんって人も年上だよね?」
何でみーくんは二人を呼び捨て?
あまりにも話が急展開で、細かいことが気になり始めた。
「さぁ……? んー……気にしてナイんじゃない? なぁんも言って来ないしぃー」
「へぇ……」
「バカな久住がそれで譲るとか言い出してさぁ。進路困ったら久住に雇ってもらおうと思ってたしぃ? 俺困るってなってー。まぁ他にも候補はあったケドぉ」
「うん」
「大地にtrump引き取るなら雇えって言ったらぁ、それで喫茶店に決まった……みたいなー」
どこからツッコミを入れようか。
そんなに簡単に仕事が見つかるなんて信じられなくて、頭に入ってこない。
――というより。
その運の良さと人の縁、要領のいいところが海と重なる。
いるんだよね。こういう、何かにつけて物事がうまく運ぶ人って。
沈黙してしまった私の髪を撫でながら、みーくんは静かに続きを話す。
「trumpで大地が絡んだ時点で、酒田にリンを迎えに行くように言った」
「うん、酒田さん来た」
「それから大地と話を詰めて、朝まで話してたらいつの間にかtrumpで寝てて……」
「だから返事なかったんだ?」
「……怒ってるか?」
「ううん、別に」
みーくんは申し訳なさそうに私を見た。
まさか私がいきなり実家へ帰ることになるとは思わなかっただろうし、仕方がないと思う。
「リンからのメール見て、すぐ実家に行くことは決めた。大地から念書取って、確定ってなったところで電話したら……リンの様子がおかしくて」
「おかしくないよ。普通に話してた」
あくまで普通のスタンスを崩さない私に、みーくんは眉を下げて頷く。
「――どうせ、リンにとって実家が嫌な場所なら、もう近づかなくていいようにしようと思った」
「それで、婚約?」
「結婚できれば話が早いだろ。でも、無理だろうとは思ってた。リン、堅ぇから」
どんなふうに思って、どんなふうにしようとしたのか。
みーくんの考えを聞けば聞くほど、胸が温かくなっていく。
ちゃんと考えてくれていた。
それだけで顔が熱くなる。
「リンに電話してから、とりあえず急ぎで大地脅して作らせた。あれが無かったら、ただのダブった学生だろ?」
「……まぁ、確かにそうだけど。脅しってなに?」
「そっから酒田も大地も久住も全員巻き込んで、相当頭に詰め込んだ」
あれ? スルーされた。
っていうか、大地さんどんだけセレブ。trump引き取るって。
「マナーとか?」
丁寧過ぎて恐ろしいみーくんの態度を思い出し、笑いそうになるのを我慢する。
頑張って勉強したということが、可愛らしくてしょうがない。
「……タキは役立たずだし、龍は的外れなことしか言わないし……結構大変だった。――俺におかしいトコ、なかったぁ?」
「ある意味、好青年って感じだった。ちょっとびっくりして戸惑ったけど……」
「格好悪いしぃ……りんちゃんには黙ってようと思ったのにー」
唇を尖らせて私に頬擦りしたみーくんは、気恥ずかしさを誤魔化すみたいに目を合わせようとしなかった。
「あーあ。デキる男ってカンジにしたかったのにぃー。あんなのただの付け焼き刃だしねぇ」
「……それでも、ちゃんとしてたよ」
「そーなの? まぁ、りんちゃんがそう思うなら……やった甲斐があったかなぁ」
気恥ずかしそうに目を逸らしながら、みーくんは返事をした。
「うん。なんか、別人みたいだったし。それに」
「んー?」
「慌てて勉強したってところが、みーくんらしくなくて可愛いと思う」
何でもある程度そつなくこなしてしまうみーくんが、色々と慌てて覚えたというのはかなり珍しいことだと思う。
私のためにしてくれたことを、格好悪いと思うはずもない。
ただ、感謝の気持ちが溢れていく。
「迎えに来てくれて、家に連れて帰ってくれてありがとう」
どんなに大人っぽくても、やっぱりみーくんはまだ学生で。
精一杯覚えて、頑張ってくれた。
年上ながら感嘆すら覚えていた。
もし逆の立場だったら、きっと私は何もできなかった。
「りんちゃん」
「うん」
「ちゅーしてイイ?」
「……い」
「い?」
「……いいよ」
感謝と愛を込めて、みーくんに応えようと思う。
お疲れ様、ありがとう。
――泣きたいくらい、嬉しかった。
『帰ろっか』
一番欲しい言葉を、みーくんは私にくれる。
━────── •●• ──────━
――そして迎えた、火曜日。
引っ越しは、なぜかタキと龍の都合に合わせて繰り越されて行われた。
手伝いに来るとは言ったものの、邪魔しに来たとしか思えない。
せっせと荷物を運んでいるのは酒田さんと槙原さんだけ。
年下のはずの龍とタキは、ソファーでまったりくつろいでいる。
みーくんはお昼ごはんを作ってくれていて、ただいまキッチンで料理中。
学校を理由に手伝いを断ろうとしていた私に、振替休日だとタキが自慢げに胸を張った。
……まったく意味が分からない。
「りんご、みっつんの手料理ヤバいぜ。すっげー旨いからな」
にやりと笑ったタキは、まるで自分の腕を自慢するように誇らしげだ。
みーくんの料理を楽しみにしている私としては、先に美味しいとネタバレされてしまい、若干面白くない。
「そういや、アレ。気に入ったんだと」
龍は話に脈絡がなさ過ぎる。
恐らく、ナギサちゃんのリップクリームのことだと思う。
理解力のある私に感謝してほしいくらい、龍は言葉が少な過ぎる。
若干頬が緩んでいるシスコントーテムポールは、大きな図体を役立てもせず牛乳を飲んでいた。
「タキ、就職おめでとう。良かったね、コネとはいえ決まって」
「なぁ龍ちゃん。俺の胸にトゲが刺さってんだけど、大丈夫なのかよこれ」
「事実だろ」
「……いーだろ! 決まったもんは決まった! コネだろうと何だろうと関係ねーな。ひがむな、りんご!」
「ひがむよ! まぁ……別にいいけどね。タキさんが就職できただけでも奇跡だし、安心したし」
「デレてんのかツンツンしてんのか、どっちかハッキリしろよ!」
「私も見つかったらいいなぁ、就職先」
「仕掛けたんなら最後まで聞こうぜ! 嫌がらせか!」
若干タキとみーくんに刺々しくなるのは仕方ない。
片や、しがないフリーター。
片や、学生のうちから就職が決定。
羨ましくなるのは当然だ。
だけど、二人の就職が決まったことに本当にホッとしているのは嘘じゃない。
「タキさん。就職先の店を経営してる弟さんと先輩が、汗かきながら一生懸命段ボール運んでますけど」
「好きでやってんだからいいんだっつの。酒田と槙原はドMなんだぜ? 知らなかったのかよ」
「……いつの間に槙原さんまでドMになったの。まぁ、いいけど。私は手伝うし?」
玄関まで酒田さんが運んでくれた段ボールを取りに行く。
背後で揺れた気配に、小さく笑った。
ほら、やっぱり来た。
「重いやつは俺が運ぶから置いとけよ。まったく、感謝しろよな!」
「はいはい。ありがとう」
なんだかんだ言っても動くタキに、笑いを噛み殺しながら適当に返事をする。
「龍は就職、どうするつもり?」
「あ? ……知り合いのところ」
「どいつもこいつもコネばっかり!」
「うるせぇ。……ってえな!」
ハンッと鼻で笑った龍の脛を蹴りつつ、荷物をリビングへ運んでいく。
同棲することになった実感は、まだあまりない。
それでも、みーくんとの新しい生活が始まると思うだけで、走り出したいくらいどきどきしてる。
絶対に言ってやらないけど。
「りんちゃん、できたよー」
「はーい」
キッチンから掛けられた声に返事をする。
玄関まで来た酒田さんと槙原さんを捕まえ、リビングへ連れていった。
「二人ともありがとう」
「いえ。楽しいんでオッケーですよ」
「じっ、自分も! 労働好きですから!」
鼻息の荒い槙原さんに苦笑いしながら、酒田さんを見る。
「酒田さん、就職のこと……お兄さんにお礼言っておいてほしい」
きっと、みーくんは無茶を言ったんだろう。
採用のことも契約書のことも、みーくんは確実に否定するだろうけど。
私のためにしたと思えば、非常に申し訳なくなっていた。
「あー……兄貴は羽柴さんが好きなだけなんで。突拍子ないからノリノリだったみたいですよ。逆にりんごさんをビックリさせませんでした?」
「ビックリはしたけど、それがあったからこうなれたわけだし……すっごい感謝してる」
「実はあの日……送っていったときに『驚かせたいからまだ秘密にしとけ』って言われたんですよ。――ほら、羽柴さん格好付けだから」




