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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第49話 みーくんと別れるつもりはない

「龍は何でここに?」

「……コイツだけ居なかったから、手当たり次第に居そうな場所回るつもりだった。ミツルが嫌な予感がするとか言ってやがったしな」


 回るつもりだったということは、最初に来たのがここだったらしい。


 なんていいタイミング。


 ナイスみーくん、ナイス龍。


「やっぱり龍が光渦の頭だから美崎を探してたの?」

「ああ」


 どんな争いでも、やっぱり頂点は頂点同士で戦うものらしい。


 一発で倒されている美崎は強いのか弱いのか、よく分からない。


 けれど、剃刀なんかを持っている辺り、邪道で危ない人間なんだとは思う。


「タキもミツルも調子がいい。りんごも役に立ってんじゃねぇか」


 ふっと笑った龍に呆れながら、足蹴にされている美崎をカウンター越しに見る。


「みーくんと別れるつもりはないって、起きたら言っておいて」

「……絶対ぇ別れんじゃねぇぞ」

「面倒だから?」

「それ以外に何がある」

「……龍」

「あ?」

「朝、みんなで迎えに来て」

「面倒くせぇ」

「今日だけでいい」

「……世話はお前がしろ」


 みんなが動物扱いされていることには、まぁ触れずに頷いておく。


 龍は美崎の足を持ち、そのままずるずると引きずって出ていった。


 トーテムポールみたいに大きな背中を見送りながら、一段落した嵐に深く長いため息を吐く。


「あれ? 今、お客さん居なかった?」

「遅すぎます、松山さん」

「え?」


 きょとんとした松山さんを恨めしくは思う。


 けれど、それよりも美崎のあの瞳が脳裏に焼き付いていて、気持ち悪い。


 ボクシングジムの息子のくせに、凶器を出すなんて邪道過ぎる。


――なんて思いながらも、龍の手のひらについたメリケンサックに気づいてしまった。


 だから口にはしないでおこうと思う。


 邪道過ぎる、私の周り。


 もしかしたら最近の高校生は、武器を装備していないと喧嘩ができないのかも。


 そう現実逃避しようとして、恭平を思い出す。


 恭平のは確かに、高校生らしい拳でやり合う喧嘩だった。


 それなのに、恭平の喧嘩が陳腐《ちんぷ》なものに思えたのは――


 絶対に感化されたからだと断言できる。


「お疲れ様でした……」


 松山さんに挨拶して、先にバックヤードを出る。


 飲み物だけを買って外へ出ると、コンビニの駐車場には黒いバンが停まっていた。


 なぜか全員、車の外に立っている。


 龍はさっき会ったから知っていた。


 けれど、まさか全員がそうなっているとは思わなかった。


――どこの闇組織。


 龍は黒いレザーパンツに黒いジャケット。


 全身真っ黒スタイル。


 タキはチノパンにTシャツだけれど、やっぱり上下黒。


 酒田さんもライダースジャケットにブラックジーンズ。


 みーくんは相変わらずゆるゆるで、黒のカーディガンにストレートジーンズ。


 上下黒で固めた集団は、異様な雰囲気を醸し出している。


 チャラいなぁ……危ないなぁ……。


 サングラスを掛け、アクセサリーをじゃらじゃらと着けたみーくんは、四人の中では一番軽そうに見える。


 そして意外に酒田さんはおしゃれだ。


 カチューシャって……何でそんな小物が利いてるんだろう。


 コンビニ袋を揺らしつつ、ゆっくり近づいてみる。


「みっつん、ナギサどうすんだよ。会いに来いって言ってんじゃねーの?」

「りんごさん見たら相当妬くんじゃないですか?」


 出た。また何か知らない名前。


 けれど、舐めてもらっては困る。


 ここで『誰その女……!』なんて、打ちひしがれたりはしない。


 人間は学習する生き物である。


「ねぇ、ナギサって誰?」

「うわっ! ……あっぶねー」


 ひょいっとコーラをタキへ投げ、その輪に加わる。


 みーくんは私を見ると、口角を上げた。


「お疲れさま、りんちゃん」

「うん。……あれ? 汚れてないね」


 都波とやり合ったというから、てっきりタキは汚れていると思っていた。


 けれど、予想外だ。


「おう! 着替えたからな!」

「あ、そういうこと。怪我は?」

「なーいよ」


 ひらひらと両手を開いて見せたみーくんは、怪我をしていないとアピールしてくれたみたいだ。


 けれど、その手のひらには乾いた血がついている。


「手、ついてる」

「……ありゃ、いつ付いたかなぁ」

「洗ってきなよ」

「そーするぅ」


 コンビニへ入っていったみーくんにひと息吐き、袋から牛乳と豆乳を取り出す。


 牛乳は龍、豆乳は酒田さんに渡して、自分のお茶も手に取った。


「豆乳ですか」

「酒田さん好きそうだなと思って」

「どんなイメージなんですか、俺」


 笑いながらちゃっかりストローを刺したということは、飲めないわけではないらしい。


 無駄にならなくてよかった。


「で、ナギサって誰?」


 私の問い掛けに、龍が視線を逸らす。


 酒田さんは苦笑い。


 こういうときはタキに限る。


「タキ、ナギサって誰?」

「みっつんの婚約者!」

「ちなみに女の子?」

「おう!」


 ナギサちゃんか。


 女の子だと分かれば、後の選択肢はいくつかになる。


「パターンとしては、龍の妹か誰かの親戚かと思ってるんだけど」

「せーかい。さっすがりんちゃん。ナギサは自称婚約者ね」


 戻ってきたみーくんは、私を後ろから抱き締めて髪を撫でる。


 そのときカーディガンが頬に触れ、思わず目を見開いた。


「なにこれ……! 気持ちいい!」


 手触りのいいカーディガンは、私が高校時代に着ていたものとは雲泥の差があるくらい滑らかだ。


 ざらざらした感じはなく、細かい編み方をされたそれは、つい触りたくなるような柔らかさだった。


 無遠慮に袖口を引っ張った私を、みーくんは叱りもせず笑って頷く。


「でしょー。りんちゃんにあげる」

「いや、いらない。自分で買うから売ってた場所教えて」

「りょーかい」

「ナギサは俺の妹だ」

「は?」

「妹」

「ああ、うん。そうなんだ」


 一拍以上遅れて解き明かされたナギサちゃんの正体に、頷いて納得する。


 ぶっちゃけると、あまり心配していなかった。


 それは、みーくんの暑苦しさの賜物だと思う。


「龍が可愛がってる妹ちゃん?」

「ナギサは独占欲強ぇからな! りんごも嫌われんじゃねーの!」

「『も』ってなに?」

「ユリも嫌われてっから」

「酒田さんの彼女?」

「りんごさん何で知ってるんですか!」


 本気で驚いた顔の酒田さんに、少しいたずら心を刺激される。


 trumpに初めて行ったとき、ちらっと見えた女の子の名前。


 やっぱり酒田さんの彼女だったらしい。


 含み笑いをしながら、酒田さんの方を向く。


「何でだと思います?」

「えっ……いや」

「『ユリちゃん』って、やっぱり彼女だったんですね」

「何で知ってるんですか……」


 今の私は、さぞかし龍並みに意地悪な顔をしていると思う。


 むしろ、みーくん並みににやにやしているかもしれない。


 驚いた酒田さんが、脱力感を丸出しにして車にもたれた。


「りんちゃん、悪いオンナだねぇ」

「こういう、からかう立場になってみたかったんだよね」

「かぁわいいなぁ」


 いつもどおり『可愛い』のツボがおかしいみーくんは放っておく。


 私を見る目が畏怖《いふ》の念を抱くようなものになっている酒田さんへ、あっさりネタばらしをした。


「携帯に名前が表示されてましたよ。trump行くとき」

「あ……! あのときの!」

「女の子は大事にしてあげてください」

「……そういう意味だったんですね」


 なるほど……と呟いた酒田さんに、してやったり感を味わう。


 それから、噂のナギサちゃんとやらへ話を戻した。


「ナギサちゃんはみーくんが好きなの?」

「ミツルだけじゃねぇ。男は誰彼構わず好きになりやがる」


 苦々しい表情をした龍を微笑ましく思いながら、龍の女の子バージョンを想像してみる。


 ……トーテムポールじゃないといいな。


「つーか、りんごは何で俺らに来るように言ったんだよ」


 コーラの蓋を開けたタキが、不思議そうに私へ聞いた。


 言っていいのか悪いのか、少し考えて眉を寄せる。


 武器うんぬんに関しては、私は知らないふりをしている。


 けれど、あんなものを使った喧嘩で無傷でいられるかどうかなんて分からない。


 だからちょっと心配しました。


 というのは照れ臭いし、今さらのような気もする。


 だけど、前は極力触れないようにしていたはずなのに、今回は気になった。


 それは、確実に私の中でみんなの位置付けが変わったことを意味している。


――心配、したから。


 そんなことを素直に言える、可愛い性格はしていない。


「……朝ご飯食べに行きたかったから」

「は? なんだそれ。りんご、朝メシ俺らと食いてーのかよ」

「うん。まぁ……。ほら、一人じゃ何かと寂しいし」

「ミツルが居るだろうが」

「いやだって、二人でも結構寂しいし!」

「もーやだ、りんちゃんなんでそんなに可愛いの」

「意味分かんないから。タキ! ファミレス行こう。パフェ食べ行こう!」

「そんな気分じゃねーよ」

「な……こういうときに限って……!」


 ノリの悪いタキを睨み付け、にやにやする留年組二人――みーくんと酒田さんから目を逸らす。


 生温かい視線はやめてください。


「ファミレスは今度にしろ。りんごも家に連れて行きゃいいんじゃねぇの」

「うん、さっきそう言ってたしねぇ」


 面倒くさそうに煙草を携帯灰皿へ押し付けた龍の言葉に、みーくんが頷く。


「家……?」

「りんちゃんが大丈夫そーなら、一緒に連れて行こーって話してたんだよねぇ。龍ん家」

「龍の家? 朝から迷惑なんじゃ……」

「起床は基本四時だから気になんねぇ」

「早いね……」


 龍の家へ突然お邪魔するのは、さすがに気が引ける。


 別に誰も怪我をしていないと分かったし、ファミレスは誤魔化しの意味で出した行き先だった。


 今日はこの場で別れようと決める。


「いきなり朝方から行くのも失礼だし、今日は帰るよ。ファミレスはまた今度にしよう」


 ちらちらと全員の手足へ目を配り、変わったところがなさそうだと判断する。

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