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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第48話 友達なら、しょうがねーな

「……隠すのやめたのかよ」

「やめた。私らしくって決めた。みーくんがそれでも受け入れてくれたから」

「何でもかんでも俺に聞かれたらうぜーだろ」

「そういうの含めて『友達』だって思ってる」


 タキは呆れたようにため息を吐いて、椅子に座った。


 坊主頭をがしがしとかき、ほんのり頬を赤く染める。


「……りんご、兄ちゃん居たのかよ。名前なんだ」

「……海《うみ》って名前。さんずいに毎日の毎」

「たまに、目ぇ隠すのは何でだよ」

「見たくないものが多かったから、見ないようにしてた。右目と左目で視力が違うの。視界をぼやけさせてた」

「聞かれたら何でも答えるつもりかよ」


 私ができる最大級のどや顔を作って、頷いてやる。


「答える。……だから、タキに踏み込むよ。――友達でしょ?」


 私が答えたあと、タキは少しだけ沈黙した。


 テーブルに伏せて、か細い声で何かを呟く。


 久住さんと、やっぱり似ている。


 風が吹いていたら、きっと聞こえなかったであろう消え入りそうな言葉。


 だけど、あいにく私の耳はそれをちゃんと捕まえた。


「――友達なら、しょうがねーな」


「……タキ」

「聞いてやってもいいぜ。その屁理屈みたいな『友達』の意見。捨て身な女は怖いっつーのがよく分かったしな」

「……捨て身で悪かったですね」

「ばーか。血ぃ出てんぞ。みっつんが見たら俺殺され……」

「……え?」

「……いや、あのみっつん、これはりんごがなんか、」

「みーくんおかえり……」

「りんごがな、なんかちょっとあれでな、ついカッとなって、」

「――タキ、trump行け」

「みっつん……?」

「これから通え。久住がメニューにコーラ入れたらしい」


 いいとこ取りする悪役は、ニヒルに笑ってタキの背中を押した。


 突然帰ってきて、最後はさらうなんて卑怯だと思う。


 だけど、吹っ切れたように笑ったタキの口元が久住さんによく似ていて、思わずそっちに意識を奪われた。


 既視感があった。


 久住さんも、私のことを捨て身だと言った。


 兄弟そろって失礼な奴らだと内心毒を吐いたけれど、そんなところもまだ二人が繋がっているような気がして嬉しくなった。


「癖になるっつー意味が分かったぜ」

「あげないからねぇ」


 みーくんは私のくるぶしに刺さった小さな破片を抜きながら、どこから出したのか分からない消毒液を吹き掛けた。


「――ばかりんご」

「なんか、りんごの新しい品種みたいだからやめて」

「ごめんな」

「足?」

「おう」

「いいよ。許してあげるからアイスティー貢いで」

「ばっか! お前、俺にコーラまだ貢いでねーからな!」

「はいはい」


 泣きたくなるのは、何でだろう。


 悲しいわけじゃないのに、妙に泣きたい。


 胸がほんのり温かくなった私の頭に、タキが手のひらを優しく置いた。


「みっつん、りんごはジョーカーだ」


 愚か者って意味なのか。


 三人の中に入れたってことなのか。


 どっちか分からないけれど。


「――ありがとな」


 そんなのどうでもよくなるくらい、タキの声が震えていた。


 だから今は、ただ黙っていようと思う。


 ━────── •●• ──────━


 タキが久住さんと少しずつ距離を縮めていくことを承諾してから数日。


 いつもより着信が多いくらいで特に変わりのなかったみーくんが、私の知らないところで行動を起こしていた。


 それを知ったきっかけは、皮肉にも会いたくなかったヤツにある。


 日付をまたぐ1時間前、そいつは優雅にやって来た。


「僕はただ、本来手に入るはずだったお姫様を迎えに行っただけだよ。身なりも整えてタキシードにしたのに……」


 ――タキシードって、そりゃあ達哉の妹も引くでしょうよ。しかもお姫様ってなに。


「それなのに拉致だ誘拐だなんて……嘆かわしいね。お姫様はとても僕の理想だったんだよ。泣き叫んで僕の手を払いのけて……」


 ――変態から迫られたら泣き叫びたくもなると思う。しかもそれを喜んでるところがまた気持ち悪い。


「叫び声は甲高くてあまり気に入らなかったけれど……それもまた一興と言えるんじゃないのかな?そうだろう、りんちゃん」


 ――私に聞くな。


 彫刻のような整った顔の一分刈り、つまりは結構短い坊主になってしまった美崎一美はレジカウンターで語っていた。


 五分刈りでお洒落坊主なタキとは違う、明らかに苛められましたと言わんばかりの波ラインが入った美崎一美は、憂《うれ》いを含んだ大層悩ましげな表情で私に同意を求めている。


 ヘルプ、みーくん。

 ぞわりと鳥肌がさっきから立ちっぱなしでまともに美崎の顔すら見られない。


 なぜ来た、なぜ来させた。


「その、お姫様とやらは結局どうしたんですか」

「ああ、送って行ったよ。まったく……充は女好きでね。りんちゃんも本当なら僕のものになるはずだったのに……」


 ――うん、本当に良かった。


 みーくんに出逢えて本当に助かった。


「下着は白だったよ。女の子はやはり白に限ると思わない?なんて素晴らしいんだろう。そうだ、りんちゃん」

「何ですか。業務中なんで出ていっ」

「――あの子を助けるように言ったのはキミかな?」


 ゼブラ柄の中折れハットを脱いで私の頭に被せた美崎一美は、カラーコンタクトを入れた金色の瞳で私を見つめた。


 イカれてるのは何もみーくんや私だけじゃない。


 美崎一美はみーくんと同じ匂いがすると初対面で気づいた私は優秀だったと思う。


 会ってしまったらその警戒ももはや無駄になるけれど。


「何が言いたいの?」

「あまり充を変えないでほしい。最近はずっと機嫌が良くて……キミのせいだよね。充は非道だからこそ輝いているんだよ?」

「……私は変えてない。みーくんは前と何も変わってないよ」

「そうは見えないから、こうして会いに来たんだよ。りんちゃんは賢いと聞いたんだけれど……」


 ――やっぱり、イカれてる。


 剃刀《かみそり》を私の目に垂直に向けている美崎は、完全に頭がイッている。


 ドラッグ中毒者なんかより、よっぽどたちの悪い狂人。


 こんなのでも、みーくんが言うにはボクシングジムの息子らしい。


 初めて美崎を目にしたとき、ふつふつと感じた気持ち悪さは、得体の知れない存在に対する防衛本能だったのかもしれない。


 笑いながら人を殴るみーくん。


 ためらいもなく凶器をちらつかせる美崎。


 顔に血がついていてもご機嫌で明るいタキ。


 仏頂面のくせに、ナックルダスターなんてものをはめていた龍。


 触れないようにしていたそれらが一気に引き出され、私の頭を冷静にさせる。


 迷いのない脅し。


 美崎は、私が頷かなければ本当に剃刀を向けてくるだろう。


 こんなときに限って、相棒の松山さんはバックヤードで作業中。


 もしかしたら、松山さんがいなくなるのを狙って来たのかもしれない。


「つまり、私に別れろって言いたいの?」

「……賢いのは本当みたいだね。そうだよ。キミは充に悪影響だから、そうしてくれると僕は助かる」

「――それなら、無理」


 一瞬だけ、美崎の瞳が見開かれた。


 この状況で私が断るとは思っていなかったらしい。


 ――気づかないふりをしていたのは、聞いても気持ちのいい話じゃないからだ。


「スタンガン、催涙スプレー、警棒」


 私が挙げたそれらに、美崎は小首を傾げて不思議そうな顔をした。


「防犯グッズが武器になるって、ある意味怖い世の中だと思う。何で車に乗ってるのか、最初は疑問に思ったりもしたよ」


 後部座席のシートの下。


 助手席と運転席の後ろにあるポケットの中。


 座席の向こうのトランク。


 目につくのは当たり前だった。


 私が言わなくても、誰も口にはしなかった。


 そういう争いの現場も、何だかんだ言ってほとんど見せなかった。


「脅されて引くような女なら、そんなの見た時点でとっくに別れを切り出してる」


 お仕置きされたばかりの美崎から何かされるとは思っていなかった。


 それでも、いつかこんな日が来るとは思っていた。


「簡単に別れるつもりはないし、脅しには絶対屈しない。ここで頷いたら、私はただの馬鹿な女」


 可愛らしく怖がって泣いて叫べたら、こんな状況でもきっと『白』に染まれるんだろう。


 だけど、あいにく。


「凶器出した時点で、そっちの負けは決まってる。残念ながら、ここは私の職場なの。どっちが有利か分かるよね? カメラも回ってるし、通報もできる」


 『捨て身』だってお墨付きな女だから。


 膝が震えているのは仕方ない。


 誰だって、こんな状況になったら怖いに決まっている。


 だけどここは、このコンビニは、私の働く領域だ。


 たとえ美崎が何かしても、私が有利なのは一目瞭然。


「私を傷つけたりしたら、絶対にあんたも巻き込んでやる。カメラの映像は警察に出して、慰謝料ふんだくってやるから」


 目の前で光る剃刀に、恐怖がひしひしと迫ってくる。


 もし私が高校生だったら、絶対にこんなことは言えなかった。


 早く戻ってきて、松山さん。


 もしくは防犯カメラ見て、通報して……!


 びびりながら虚勢《きょせい》を張る私を見て、美崎は数秒だけ止まった。


 それから、剃刀を引き下げる。


「――キミは、」

「手間掛けさすんじゃねぇ」


 ガツン、と鈍い音がして、美崎がレジ前から消えた。


 気だるそうに立つ龍は、そのまま美崎を押さえ、私へ視線を移す。


「――悪ぃ」

「……それ、回収して」


 安堵で腰が抜けそうになるものの、何とか持ち直して深呼吸する。


 美崎を制した龍は、珍しくばつが悪そうに目を伏せた。


「今、ミツルとタキが都波の奴らとヤりあってる。もう次はねぇ。会うことすらなくなるんじゃねぇの」


 相変わらず言葉が足りないけれど、なんとなく意味は分かった。


 みーくんは、美崎以外の都波の高校生たちと喧嘩をしている。


 そして、それでもうこういうことはなくなる。


「……休戦協定は?」

「早くからやりゃあ良かった。渋ってこのザマじゃどうしようもねぇ」


 このザマ、というのは私にちょっかいを掛けた美崎を指しているらしい。


「都波の前の頭と仲良かったんでしょ?」

「ミツルはな。今夜中に片が付く。光渦がトップだ」


 トップになれるというのに、大して嬉しそうでもない龍は、大雑把過ぎる説明を私にした。


 何が起こっているのかすべては分からなくても、大体のことは察することができた。

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