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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第47話 今変えたい

 繋がって、受け入れて、取り込まれて。


 何だかんだ理屈っぽく言ったって結局のところ――


「ついにそこまで進んだのかよ!」

「……」


 まぁ、そういうことになる。


 あからさまにご機嫌で鼻歌なんか歌っているみーくんは案の定タキに目敏く(めざとく)突っ込まれて、みーくんもみーくんで口が滑ったとばかりにわざとらしく自慢したりして。


 海から連絡が来て気づいた。


 というより、改めて実感した。


 タキは久住さんを許したくても、きっと感情が追いつかないんじゃないかって。


 みーくんにそれを言ったら、困ったように眉を寄せて、どうするべきか考えあぐねていた。


 だから、少しだけ。


 ほんの少しだけ、タキに深入りしてみようと思った。


 タキが踏み込まれたくないと思っているのは分かっている。


 それでも、吐き出す相手になるくらいなら、多少なりとも私は役に立つんじゃないかと思う。


 完全に理解することはできない。


 けれど、『兄に抱く嫌悪感』は似ているから。


 そんなこんなで、タキと落ち合った森のカフェ。


 酒田さんは留守で、鍵はみーくんが借りたらしい。


 森のカフェに頻繁に来るようになっても、いまだに酒田さんのお兄さんで店主だという人には会ったことがない。


 酒田さんいわく、新婚旅行に行ったきり、お兄さんはなかなか帰ってこないらしい。


 どんなセレブ……。


 みーくんがいたら、まともに話せないような気がした。


 だからコンビニへお使いに出したのだけれど――


 ――渋るみーくんを追い出して、はや十分。


 話を切り出すタイミングがつかめず、私はタキを前に困惑していた。


「……アイスティー美味しいよね」

「なに言ってんだいきなり。コーラの方がうまいっつの」

「……タキ」

「んだよ。あんま見んな、照れる」

「――久住さんのことなんだけど」

「は?」

「ちょっと聞きたいことがあって」

「……りんご、お前さぁ……いつの間にか馬鹿オンナに成り下がったんだ?」


 ――現実は、そんなに甘くない。


 真顔で私を見つめるタキは、いつものようにおちゃらけず、完全に笑顔を消していた。


 私もよく使う『聞くな』という境界線。


 それはあからさまに顔へ出ていて、不愉快だとまざまざ見せつけている。


「珍しく呼び出したかと思ったら、そういう話かよ。なんか勘違いしてんじゃねーの? お前が俺をどう思おうが勝手だけどな、俺は別に……」

「分かってる」

「は?」

「タキが構うなって思う気持ちは分かる。私も嫌だったし、現にタキも龍も私には踏み込んできてないし」


 タキと龍は、私のことを知りたがらない。


 というより、聞かれたくないと思っていることに気づいて、触れないでくれている。


 興味がないわけじゃないことにも気づいていた。


 それなのに私は今、不躾《ぶしつけ》にタキの中へ踏み込もうとしている。


 思い上がっていると思われたって仕方がない。


 友達になったからって、いい気になるな。


 タキはそう言いたいんだと気づいているのに、私はそこで止まれなかった。


「……だから、これは私のわがまま。みーくんも龍も卒業したら、今みたいにすぐ時間は空けられないって言ってたよね」


 深呼吸して、もう一度。


 まだ終わってない。


 まだ言わなきゃいけない。


 他人の心に土足で踏み込むのは、自分にも痛みを感じさせる。


 タキの顔が歪んでいくのを見ながらも、私は目を逸らさなかった。


「――私はタキが寂しいと思ったら、一緒に馬鹿やって盛り上がりたい。それが友達ってことだと思う。……でも、毎回会いに行くとか、友達の枠を超える付き合いは私にはできない」


 だから、今のうちに。


 タキが一人きりになって腐ってしまわないように。


 できるなら、おこがましくても力になりたい。


 みーくんに引け目を感じずタキを大事に思うには、こうすることしかできなかった。


「りんごに言って、どうかなんのかよ? アイツが、久住が元に戻るわけじゃないだろ。それとも俺を慰めるつもりか?」


 嘲笑《あざわら》うように見据え、タキは分かりやすく私を挑発した。


 お前に何ができる。


 何もできないくせに、首を突っ込むな。


 そんな言い草で突き放す。


「……吐き気がするの」

「あ?」

「私、自分の兄貴のこと思い出したら気持ち悪くなる」

「だから気持ちが分かるってか。……同情すんのはやめとけよ」


 かたん、と音を立てて立ち上がったタキは、怒りを抑えているように見えた。


 ――きっと、力不足だ。


 私がタキをどうにかしようなんて、やっぱり無理なのかもしれない。


「……タキ」

「俺は久住を許さねぇ。ばあちゃんが倒れたのも、家がめちゃくちゃになったのもアイツのせいだ」


 揺らぎそうになる心を叱咤《しった》し、もう少しだけ踏ん張る。


 痛い。


 タキの気持ちが、目線が、嫌悪が痛い。


「私、久住さんとタキに仲直りしてほしいわけじゃないよ」

「じゃあ何だよ」

「タキが寂しいと思わないように、どうにかしたい」

「どうにかって何だよ」

「どうにかはどうにか! 手段は考えてなかった! けど、とにかくタキは久住さんが好きなんでしょ?」

「――ざけんなッ……!」


 ガシャン、と音を立ててグラスが割れた。


 破片が足元へ散り、くるぶしに痛みが走る。


 かなり痛い。


 それでも、今は言いたいことを先に言わせてほしい。


「久住さんはタキが好きなんだって。……両想いだよ。タキが久住さんを許せないのは仕方がないのかもしれないけど、許せなくて寂しいなら元も子もない」

「わけ分かんねーし……」

「だから、久住さんが好きなのに好きって言えないから苦しいんじゃないの。それなら、自分のために久住さんとの関係を変えればいい」


 久住さんを思い出して寂しくなるなら、『自分のため』に久住さんとの距離を変えればいい。


 ひねくれた私だからこそ言えること。


 わざと小難しくして、道理をめちゃくちゃにした説得。


「仲直りしろとか言ってない。ただ、タキが過去を思い出して寂しくなるなら、久住さんとの関係を変えればいいんじゃないかって言いたいの」

「……何が言いてーのか分かんねーよッ! さっぱり意味わか、」

「分かってるくせに!」

「は!?」

「本当は分かってるくせに。久住さんが前と違うって気づいてないわけないよね。……だって、私とタキ、似てる」


 本心を頑《かたく》なに閉ざしたり、一度意地を張ったらなかなか引き下がれなかったり、踏み込まれそうになったら逃げたりする。


 そういうところは同じだ。


 頭が良いと、みーくんは私に言う。


 でも、それは違う。


 私は自分が感じた違和感を放っておけないだけだ。


 何がどうなっているのか、『知らない』ことが怖い。


 だから予測して、考えて、物事を把握しようとする。


 自分が傷つかないよう先回りするために、周りを知ろうとするだけだ。


「久住さんが頑張ってること、気づいてるんじゃないの」

「知るかよ……」

「もう久住さんが『止めた』って気づいてるよね」


 核心を突いた問い掛けに、タキは一度だけため息を吐いて肩を落とした。


「……顔見りゃ、分かる」

「許すとか許さないとか、どうでもいいよ。タキが『前の久住さん』を思い出さなくなるために会いに行きなよ。久住さんのためじゃない。タキ自身のために」

「そんなの綺麗事だろーが。俺は久住と仲良くするつもりはねーしな」


 ぐだぐだと言い訳して、理由を探すタキに苛々する。


 こういうところも、私に似ている。


「――仲良くしろなんて言ってない」


 くるぶしは地味に痛い。


 だけど、もう少し。


 あと少し。


 タキはもう揺らいでいる。


 多分、頭がパンクしそうなくらい、わけが分からなくなってきている。


「『久住さんと過ごした記憶』で苦しむなら、『久住さんと過ごす日々』で上塗りしたらいいんじゃないかって言いたいの」

「……」

「タキが久住さんと仲直りしようがするまいが、私には関係ないし、どうなったっていいよ。ただ、会って会話を重ねたら前の記憶だって薄れるかもしれない。それでタキは苦しむことがなくなるかもしれない」

「おい……りんご」

「だからつまり、今のところは久住さんとたくさん話してみることが大切なんじゃないかって、」

「お前わけ分かんねーんだよ馬鹿やろう! お前はあれか、ガリレオなんとかか! エジソンか! 難しいことばっか言いやがって!」

「最終的に何が言いたいかっていうと、タキはとりあえずtrumpに行くべきだと思う! それがいいと思う!」

「おまっ……なに言ってるかぜってー自分でも分かってねーだろ! 最終的にって何だよ! なんか意味分かんねぇうちに久住と会う方向に行ってんじゃねーか!」


「……」

「……」


 冷静になれ。少し落ち着け。


 こんなに一気に喋ったのは、久しぶりかもしれない。


 ぱたぱたと手のひらで顔に風を送りながら、思い返してみる。


 こんなに誰かのために屁理屈をこねるのは、初めてかもしれない。


 タキがタキらしく笑えるように、私が私らしいやり方でタキを励ます。


 それしかできないから。


 それくらいしかできないから。


 ――でも、これだけはちょっと言わせてほしい。


「ガリレオもエジソンもまったく関係ない話だよ……。天体でも科学でもないし……なんていうか、どっちかっていうと哲学っぽい話?」

「うるせーな! いいんだよ適当で!」

「……タキ」

「あん?」

「私、みーくんと話してみて、我が身かわいさに踏み込もうとしなかったこと悔やんだよ。タキのこと何にも知らなかったし」


 もっとタキのことを知っていたなら、他にも何か言えるのに。


 できることなんて、こうしてこじつけを言うことだけだ。


 自分のことを知られたくないから、知ろうとしなかった。


 それなのに、後からトモダチだなんて厚かましい。


 だから今、知りたい。


 今、変えたい。


 タキの『何か』が私のめちゃくちゃな道理で変わるなら、情けなくても、思い上がった馬鹿女でも、言うしかないと思った。


 タキは私を見て、怒った顔を少し歪めた。


 戸惑ったような、どうすればいいのか分からないような顔で、視線を落とした。


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