第44話 離れて行きそうで、怖ぇ
「やぁーだ」
ちろりと舌を出して悪戯っぽく笑うみーくんは色気に溢れていてげんなりする。
だから仕舞え、そういうストイックさをにじませた魅惑の笑みを。
ぶっちゃけるとストイックなのは私のせいでもある。
まだ実は繋がってませんごめんなさい。
みーくんとのいちゃつきは体力的に辛いと言いながらも、肝心な行為は済ませていなかった。
男にしてはやたらと白い肌、解消できていない欲。襲いたいとは言いながらも、みーくんは決して無理強いしない。
私は言うタイミングを逃したままで、みーくんのそのスタンスに甘えてしまっている。
だから、溜まりに溜まった色欲がみーくんの色気を増長させつつも、禁欲的かつ私を愛しく見つめる眼差しがひどく心をざわつかせている。
他の人から見てもきっと思うだろう。
――抱かせてやってくれ、頼むから。
こんなにも愛が溢れ出すようなやさしく切ない瞳に見つめられているのに傾倒していない私がおかしいのかもしれない。
「……久住さん、みーくんは気にしない方向で大丈夫です」
見かねた私の言葉に、久住さんは少し眉を動かしながらも浅く頷き、了承した。
みーくんの指は私の輪郭をなぞっているけれど、反応したらまた話が逸れてしまう。
よって、放置。
「――まぁ、いいけどな。羽柴がそんなことをする姿を見慣れていないだけだ」
「大人な反応ありがとうございます」
「鈴子の名前は出さずに話しただけなんだが、どうも初めに聞いた奴が勘違いしたらしい。あえて訂正はしなかったが」
「えーと、なにを勘違いしたんですか?」
「鈴子は羽柴が横取り……美崎からな、横取りしたオンナって噂になってる」
あながち間違いじゃない。
美崎一美は都波の頭で、恭平は私を美崎に売った。
それを助けてくれたのがみーくんだ。
「リンっていうのは珍しく羽柴が手元に置いたオンナだって光渦の奴らは言ってるが……俺が話した『ジョーカー』のくだりは全部リンのことだと思われてる」
「じゃあ柏木鈴子は……」
「芝原が都波に差し出したオンナで、羽柴が遊びで横取りしたってだけの存在になってるな」
意外と小さく収まっている柏木鈴子の存在は、実際のところありがたい。
高校生の間で交わされる噂なんてすぐに消えるだろうし、今の状態なら柏木鈴子なんてあっという間に忘れ去られるだろう。
「それなら安心していいんですよね? 何かに巻き込まれたりは……」
「だが、柏木鈴子は羽柴を言いなりにしてるとも思われてるぞ。働いているコンビニまで送り迎えさせて、本妻との間を邪魔してるんだと」
「その本妻っていうのはまさか」
「『リン』だな」
面倒くさい。非常に面倒くさい。
それであの女の子はリンを擁護して私に突っ掛かったのか。
結局のところ、柏木鈴子は羽柴充を言いなりにさせている悪女的ポジションで、リンという存在はまた別の扱いになるということだ。
「……みーくん、彼女が分裂してるけど大丈夫?」
「どっちも同じくらい濃厚に愛してあーげーる」
「それって二倍になるだけだよね。今の重たさが二倍って洒落になんないよね……」
「だいじょーぶ。まとめてどんとこーい」
「まとめるも何も同1人物なんだけど」
柏木鈴子の生活に支障がないならいい。
けれど、話を聞く限りでは、あまり良くない方向に噂が広まっている。
「みーくんのことを盲目的に好きな女の子とかっている?」
「いるんじゃねぇの。なぁ、ミツル」
龍はみーくんの女遊びが嫌いだ。
それは今も、みーくんに辛く当たることで証明されている。
過去にしてきたことは、なかったことにはできない。みーくんもまた、龍のそんな態度に関しては何も言わない。
「――関係持った女には忠告してんだよ。それでリンに手ぇ出す奴はひとりもいねぇだろ?」
「忠告、な」
含みのある顔をした久住さんは、横目でみーくんを見てから私へ視線を戻した。
聞きませんよ。どんな忠告をしたのかなんて聞きません。
知らない方がいいこともあると、私の中の警笛が鳴っている。
みーくんの言う『忠告』はよほど効果があるらしく、それを聞いた龍は大人しく引き下がった。
「……話が終わったんなら帰れよ」
タキは1度も笑わずに話を聞いていた。
思っていたよりもずっと、タキの抱えている感情は根深いのかもしれない。
久住さんは返事をせず立ち上がり、どこか寂しげな背中を見せながら森のカフェを出ていった。
「んー……早かったかなぁ」
みーくんが薄く笑いながら呟く。
タキは目を見開いた。
「みっつんが連れてきたのかよ」
「まぁ、そんなカンジぃ?」
「余計なことすんなよッ!」
「別にしてないけどねぇ。『余計』なことは」
挑発するように言ったみーくんは、荒ぶるタキを見て口元を歪める。
「卒業したらタキの世話も焼かないしぃ、早めに手ぇ打っておかないと」
「お前の呼び出しに毎回付き合えるほど、俺も暇じゃねぇ」
続けて言った龍に、タキは口を閉ざした。
その様子を見る限り、タキは龍とみーくんに何かしら頼っているらしい。
そして、それは離れてしまったら今までのようにはいかないのだと、2人は暗に伝えている。
――明日から月末だ。
10月最後の1週間を前にして、タキのためなのか、それとも自分のためなのか。
みーくんはひっそりと動き始めていた。
━────── •●• ──────━
「ふとした瞬間に思い出すんだってぇ。久住と過ごした楽しかったときのコト」
家に帰ってから、不意にみーくんはタキのことを語った。
なぜか私は膝枕をされていて、普通は逆なんじゃないかと思ったりもするけれど、とりあえず黙って話を聞く。
「んで、そういうときは龍に電話したり、俺に電話したりして、パーッと遊びに行くようにしてんの」
「……カラオケ、も?」
「リンちゃんは頭イイねぇ」
みーくんは私の髪を撫でながら笑った。
タキから急に誘いが来たあのとき。
それから何度か、タキは遊びに誘ってきた。
カラオケだったり、酒田さんの運転でドライブしたり。
ゲーセンにも1度、みんなで行ったことがある。
「……タキに呼ばれても行けないときはあるしねぇ」
「みーくんのそれは、心配?」
「んー……どうだろーね。タキは弟みたいなもんだし、気になっちゃうのかも。俺、次男でさぁ。弟いないし」
「――次男ってオイシイ物件らしいよ。テレビで言ってた」
「家督を継がなくていいしねぇ」
「みーくんが家督って言葉を知ってたことに驚き」
あえて話を逸らしたのは、ちゃんと話そのものを聞けなくなったからだ。
弟、と言われたら問答無用で譲を思い出してしまう。
詩音に会ってしまったからか、家族のことが頭に浮かびやすくなっていた。
――うん?
「ちょっと待って、みーくんのお兄さんって?」
「がっちがちなヒト」
「なにそれ」
「俺の……真逆? っていうかぁ、真面目な性格かなぁ」
「あ、そういえば、長男が真面目だと次男が奔放になりやすいって話を、どこかで聞いたことがあるような……」
本当かどうかは知らないけれど、そんな見解を聞いた覚えがある。
どちらかと言えば、みーくんは我が道を行く自由な性格だと思う。
したいことをして、したくないことはしない。
そんなイメージだ。
「って、違う! みーくん、ひとりっ子じゃないの?」
ぼんやり話を聞いていた私も鈍いけれど、さらりと爆弾発言をするみーくんも、またどこか抜けている。
でも確かに、『ひとりっ子』とは言っていない。
「んー……ほら、本妻の方に」
「さっき聞いたばっかりの単語だね……」
「義理じゃないんだけどねぇ」
「……え?」
「正真正銘の兄弟だけどぉ、あっちはちゃーんと認知されて引き取られてる」
泥沼。
これこそ泥沼だ。
あっさり語ってしまうみーくんは、それを何とも思っていないとでもいうように淡白で、『ああ、みーくんだな……』となぜか納得してしまう。
「1回目は本物、2回目は過ち。――とか言ってたらしいんだよねぇ、父親」
「……本物?」
「俺のお兄ちゃんは『養子』にするために母親から生まれて、2回目はぁ想定外。完全に俺は『浮気』の末に生まれたってコトらしいよぉ」
「じゃあ、お兄さんのことは本妻が承知してたってこと?」
「詳しい話はされたことないけど、そぉんなカンジ。だからお兄ちゃんのことは知ってても、父親は知らないしぃ?」
みーくんのお母さんは、みーくんに何も話さなかったと言っていた。
それでもお兄さんのことを知っているのは、『知りたい』と思ったからなんじゃないだろうか。
そうでなければ、父親のことだけ何も知らないというのは不自然だ。
お兄さんの性格を知っているなら、父親のことだって調べようと思えば調べられるはず。
――知りたくないから、知ろうとしない。
みーくんは父親の顔を見たくないのかもしれない。
みーくんだけを認知しなかった父親。
みーくんのお兄ちゃんが生まれることは認めていた本妻。
『浮気』をして、みーくんを身ごもった母親。
2回目は、過ち。
それは父親が言うには、あまりにも残酷な言葉だと思う。
詳しい事情を知らなくても、背景はいくらでも想像できる。
本妻には子どもができなかったのかもしれない。
本妻とみーくんの父親の関係が、すでに冷めていたのかもしれない。
大きな屋敷は、お金持ちの匂いを漂わせていた。
だったら、家を継がせるために養子が必要だった――そんな事情があってもおかしくはない。
「――ビックリするくらい似てないんだよねぇ、俺のお兄ちゃん」
その先を考えても、答えなんて出ない。
父親に容姿が似ていたせいで、母親から歪んだ感情を向けられていたみーくん。
望まれて生まれたのに、父親には似ていない養子のお兄ちゃん。
どちらがマシかなんて、きっと誰にも決められない。
「……離れないよね」
急に不安になったのは、あの大きな屋敷を思い出したからだ。
みーくんがどうにかされたりしたら、たまらない。
「――リンの方が、」
言いかけて、みーくんは口を閉ざした。
最近になって、たびたび感じていた遠慮のようなもの。
「言って」
「……離れていきそうで、怖ぇ」
「何で言うの止めたの?」
ここで、はっきりさせておきたかった。
空回りしたり、変にこじれたりするのは、もう勘弁してもらいたい。




