第42話 俺がぜんぶもらうから
「すぐに警察に電話しなよ!大事にしたくないなんて言ってる場合じゃないでしょ……気づかないふたりに反吐が出る。そういうのが自己満足って言うんだろうねッ!」
『探したけど見つからなかった』という建前で自分を正当化する。
達哉が引き起こしたくせに、それを言い訳で誤魔化して。
私は自分が引き起こした罪に言い訳なんてしたくない。
どんなに周りが『きみは悪くない』と言っても受け入れないし、『きみは最低だ』と言っても弁解しない。
たとえ開き直りだと言われようが私はそれを『私』だと言いたい。
見捨てたって言われるかもしれない。
助けてやらなかったときっとふたりは私を恨む。
自分を正当化するために誰かに押し付ける。
もう話すことはないと溜め息を吐いて、到着していたエレベーターに乗り、ゆっくりとふたりを振り返ってみる。
うちひしがれたように恭平と達哉は私を見ていて、その瞳にはやっぱり恨みのような炎が灯されていた。
「――だぁいじょーぶ。俺がぜぇんぶもらうから」
小さなリップ音を立てて私の髪にキスをしたみーくんは、ポケットから携帯を出して緩慢な動作で画面を操作し始めた。
エレベーターが到着したら、すぐにみーくんは通話を開始した。
「――俺。最後までヤんなって美崎に伝えろ。手遅れなら別にそれでいい」
苛立ち、嫌悪、不快感。
それらのすべてを掬い上げてみーくんは私を晴れにする。
「それから、芝原のキョーヘイとタツヤに闇討ち。明日以降な。捕まえたら俺に連絡しろ」
助けてもらえなかった自分と紗季ちゃんがリンクして苛ついた。
情けない恭平と達哉に吐き気がする。
助けたいと思ったなら、私は『最悪』から抜け出せた?
――ううん、正直に生きるならそれは考える必要のないことだ。
「みーくん」
「なぁに?」
「私が消えたら探してくれる?」
「んー……消させない、かなぁ。そうなる前に縛るー」
「頼もしいけどみーくんって怖いよね」
「ばっちこーい」
「え?何が?何がばっちこーい?怖いってところ?」
「なぁんでも」
わけの分からないことを言いながら、みーくんは私に微笑む。
部屋の鍵を開けて中に入り、紗季ちゃんを拉致したという美崎について聞いてみる。
なんとなく見た目から俗っぽいことをしなさそうに見えたけれど、本当に女の子をそんな風に手酷く扱うのだろうか。
「ねぇ、みーくん。美崎ってそんなことするように見えなかったんだけど……私の勘違い?」
変わった口調や気取った態度は変人で、手を握ったり握手をしようとするところは変態だ。
だけど、下劣かどうかと言われるとどうにも納得できない気がする。
ビジュアルは悪くなかったし、女に困るようには思えない。
何よりも、美崎は別次元に頭がぶっ飛んでいるような気がしていた。
「んー……アイツ変態だからぁ、自分に振り向きそーにないオンナノコが好きみたいなんだよねぇ。ま、今回は大したこと考えてないだろーけど」
「美崎ってMなの?」
「どっちかっていうとSじゃなーい?殴ったりはしないけどぉ、嫌がられるのがイイみたいなカンジ?」
「うわぁ本物だ……」
もし紗季ちゃんがそういう目にあっていたとしたら、それは達哉と恭平が一生かけて慰めなくちゃいけないと思う。
特に達哉が。
兄貴なら兄貴らしく妹には迷惑をかけるなと言いたい。
「あのふたり、一体いつから待ってたんだろう。こんな朝っぱらから……」
「もうりんちゃんには近づけさせないから、心配なぁーいよ。役立たずだしぃ?」
「役立たず?」
「りんちゃんのコトも知らなかったしぃ、りんちゃんが苦しんでるときも大して役に立たなかったしぃー」
「あ、そういえば、みーくんが急に会いに来たとき思った。なんで分かったんだろって」
やっぱり恭平がみーくんに私の片頭痛のこと言ってたのか。
そう考えたら、好かれてなかったって思うのは違ったのかも。
全部、今さらの話だけど。
テーブルに置いてあったプラスチックのケースはみーくんのピアス入れで、持ち運んでいるものとは違う大きいタイプ。
イヤーカフにチェーンなど、あんまり使わないサイズのピアスが入っている。
そのケースを開けてみーくんはつけていたピアスを外していく。
見慣れた光景と化したこの作業を横目で見ながら背伸びをする。
「よし、お風呂入って来ようかな」
「りんちゃん、一緒に入るぅ?」
「何で?」
「りんちゃんのカラダが見たいからぁ」
「……今度ね」
断らなかった私にみーくんがにやにやして頷いた。
もったいぶってるつもりはないけれど、なかなかタイミングが掴めない。
世の中の女の子はどうやってOKサインを出しているのか聞いてみたい。
嫌ともいいとも言えないこの曖昧な空気をうち壊すには、一体どうすればいいんだろう。
睡眠不足とおさらばした最近は、寝覚めも良くて温かい。
起き抜けのみーくんは私を抱き枕だと勘違いしているんじゃないだろうかというくらいにぎゅっと抱き締めて離そうとしない。
眠気眼を擦りながらみーくんはふっと笑みを見せる。
「――リンの寝癖、可愛い」
みーくんは私の髪をやさしく撫でて、後ろ頭に手を回し自分の方へと寄せる。
その先にあるのはお互いの唇で、みーくんは顔をずらして斜めから私に口付けた。
手慣れたその動作にふわりと浮かんだ黒いモヤは口内に侵入した生暖かい舌で消し飛ばされる。
歯列を舐めるそれが私の舌に絡んだら、もう思考なんてそっちのけだ。
何も考えられなくなる、何も考えたくなくなる。
この瞬間で息が止まったら、それはそれで幸せなんじゃないかとさえ思う。
長い口付けは私とみーくんの唇を艶かしく潤して、みーくんはそれを躊躇いなく舐めた。
私はルームウェアの袖で頬を赤くしたまま拭うけれど、みーくんは一度も拭ったことがない。
舐めるようなものでもないのに、変態はそれを喜んでいる。
せめて歯を磨いてからの方がいい、そう言っても聞かないのがミツルだから、もはや諦めるしか手立てはない。
「おはよう、みーくん。……もう昼過ぎだからこんばんはだけど」
身体を反転させて時計を見る。
みーくんはすかさず私を後ろから抱き締めて、わざと耳元で話す。
「こんばんはー」
「うん。くすぐったい。今日休みなんだよね……みーくん何か予定ある?」
「なぁーい」
私を抱き締めたままスマートフォンをかざし、わざわざ私が画面を見えるようにみーくんは腕を回して操作する。
これも最近は慣れてきて、何もないと見せるためにやっているのだと知っている。
「ほーら、来てる。まだ話してなかったよねぇ?」
「……昨日のこと?」
みーくんが開いたメールには『偽物確保』と書かれていて、昨日の達哉の話を思い出した。
黒付くめのみーくんが現れたとき、達哉は狼狽えてびっくりしていた。
それは単純にみーくんが現れたことに驚いたものだと思っていたけれど、今のメールでなんとなく理解する。
そういえば、全身真っ黒でサングラスまで装備した姿は久しぶりだった。
「にせもの?みーくんの?」
「せーかい。捕まえたし、もう心配なぁいよ」
「そんなのいたんだ……」
「羽柴充のトレードマークは髪とピアスだからねぇ」
ふんふんと鼻唄混じりに携帯を操作して、昨日のみーくんを思い返す。
みーくんに驚いたんじゃなくて全身真っ黒でフードを被ったみーくんに驚いてたってことだったのか。
かちりとハマった疑問の答えに溜め息を吐いて、またしても何も聞かなかった自分に呆れた。
知りたいって言う前に教えてくれるなんて、どれだけできた彼氏だろう。
そして私は何も知らずにぼんやりしている鈍感な彼女だ。
偽物がいたなんて気づきもしなかった。
「いつから?」
「けっこーちらほらいるんだけどねぇ。毎回違うヤツだしぃ」
「模倣犯たくさんみたいな?」
「だねぇ。りんちゃんに会いに来る時はやっぱ地味にした方がイイかもー。いらない誤解招くっしょ?」
「じゃあ、坊主にしたら?坊主ならタキも美崎さんも一緒だし」
「……坊主の俺でも愛してくれる?」
――坊主、ピアスじゃらじゃら。
「危ない人だね、確実にキケンな人になるよね」
「でしょー?」
せめてピアスをつけていなかったらと想像してみたけれど、みーくんの顔立ちはお世辞にも『好青年』とは言えないし、『地味』とも言えない。
美崎一美が王子様っぽくて美しい顔なら、タキはスポーツをやってそうな溌剌とした顔。
龍はいつも不機嫌な顔をしているけれど、そこはかとなく頼れそうな雰囲気を持っている。
みーくんは……性格は顔に出るってよく言うけれど、それが正しいんだなって思わされる顔だ。
血のついたナイフを舐めていても違和感がない程度には妖しい。
色気があって、いかにも危険な感じだと思う。
ホストみたいに外見はチャラいのに纏っている雰囲気は、身体の内側の神経に直接触れられてしまうんじゃないかと脳が危険信号を出してしまうようなぞくりとするものだ。
つまり、何が言いたいかというと。
「そのフェロモンしまって。消して。起き抜けからくらくらさせないで」
「えー……しまうってどうやんのー?」
「わかんないけど!そういうみーくん見てたらなんかどきどきする……むり……」
「わぁームリって言われたぁー」
こういう無意識にフェロモンを振り撒く小悪魔はどうやって退治するべきなのか。
ホストにはきっと出せないであろう女性っぽいそれ。
その魅力を夜の蝶並みに発揮するみーくんから離れてベッドを抜ける。
キャバクラ通いをするおっさんはきっと知らず知らずのうちに魅了されてしまって、気づいたら離れられなくなっているんだろう。
「捕まえたヤツ、見に行くぅ?」
寝室から出ようとした瞬間にみーくんが発した言葉はほんの少し好奇心をくすぐる。
ニセモノ。
みーくんに似せたというニセモノ。
確かに気になるけれど。
「……あんまり見たくないし、いい」




