第40話 紗季を助けてやってほしい
それにしても、なぜファミレス……。
前もファミレス一択だったような気がするけれど、高校生はファミレスが好きなんだろうか。
「別にいいけど、何でファミレス? メニュー多いから?」
「パフェがあるからに決まってんだろ。りんごは何も知らねーな」
「……タキがパフェ好きって言うのは今知った」
「おっせーな! そういえば仲直りしたんなら、もう気晴らしはいいのか?」
「――なぁんのハナシか詳しく聞かせてくれるかなぁ?」
一難去って、また一難。
ひゅうと急激に冷えた森のカフェで、二人の人間が顔色を悪くした。
「みっつんだって発情期やってただろ! りんごだけが発情しちゃいけねー理由はないだろ!」
――いやいや、発情はしてないけど。
たんこぶを2つ作ったタキは、ぶすくれたままみーくんに文句をぶちまける。
「りんちゃんは、もうダメ。俺のだからって言ったでしょーよ」
タキを羽交い締めにしていたのに汗ひとつかかないみーくんは、冷ややかにタキを見下ろした。
ちなみに私への説教は、お互い様だからしないらしい。
『タキは人のカノジョだと知りながら誘った』
という、取ってつけたような名目でお仕置きを下したみーくん。
確かに自業自得な部分はあると、一発しか殴らなかった。
2つ目のたんこぶは、タキが大袈裟に叫んだせいでうるさいと、龍から下されたものだ。
「――でも、タキには送ってもらったって恩があるよ。みーくんが私を置いていったときに迎えに来てくれたのはタキだし」
『止めろ』と言ってはいけないなら、私は私の思ったことを口にするだけだ。
タキの誘いに乗った私も悪い。
だけど、タキがああ言ってくれて、私はタキと友人になれたような気がして救われた。
「タキと、と……と、とと」
恥ずかしい。なんだこの恥ずかしさ。
21歳にもなって男子高校生を『友達』というのは勇気がいる。
「……ととと?」
首を傾げたみーくんとタキ。
龍は半目で、何言ってんだコイツみたいな顔をしている。
酒田さんも私を見る。
見られたら、さらに言いにくい。
「と、とも、友だちになれたみたいな、そんな気がして。いや、なんていうか、友だちっていうか仲良くなれた人っていうか、とにかく、そんな気がして嬉しかった!」
逃げ腰になりながら、素直に感じたことを告げた。
龍がりんごって呼んだことも、タキが気晴らしに誘ってくれたことも、何だか今までになかった達成感を覚えさせた。
愛想笑いで接する薄い関係じゃなくて、その一歩先に入れたような気がしていた。
アイスティーを飲む振りをしながら俯いた私に、小さくタキが噴き出した。
「りんごも罪なオンナだよな。俺らと友達になっていいのかよ」
「喧嘩とかそういうのには巻き込まないでくれたら」
「しっかり条件付きの友達かよ! ……ま、俺もりんご好きだしな。そういうのもアリだろ。なぁ龍ちゃん?」
「『友だち』ってガキみてぇ」
顔をしかめながらも、龍はくつくつと笑う。
みーくんは私に色ボケしたように笑いかけていて、タキだけがにっかりと明るい表情をしていた。
「りんごさん、俺も友達ですか?」
「酒田さんはまだ知り合いで」
ニヤニヤする酒田さんを一刀両断して、わざとらしくそっぽを向く。
友達は人の恋愛を面白がったりしません。
手酷く振った私に、酒田さんはまた笑った。
「りーんちゃん、俺はぁ?」
「彼氏じゃないんですか、ダーリン」
素っ気なく言ったつもりだけれど、満足そうにみーくんは頷く。
すっかり機嫌が良くなったみーくんは、意気揚々とその場を終わらせる。
タキは果敢にも『また何かあったらみっつんにナイショで出掛けようぜ!』なんて言ってみせた。
龍は『今の状態を保て』と偉そうだったけれど、最初みたいに鋭い目線は向けられなくなった。
本当の意味でタキと龍に近づけたような気がした一日は、ファミレスでご飯を食べて、つつがなく終わった。
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物事は常に安定しているわけではなく、たまに荒れて、たまに穏やかになるものだ。
みーくんたちと出逢って2か月が過ぎ、緩やかな日常を過ごしていた私に、唐突な来客が訪れる。
『今日はちょっと遅くなるけど、待ってられそう?』
休憩中にみーくんから来たメールには、ひとりで帰るから大丈夫だと返信した。
特に何か問題が起きているわけではないし、頻繁にみーくんは私の傍にいてくれる。
だから、たまにはやりたいこともあるんじゃないかと気を遣ってみた。
みーくんは一人暮らしで、いつもは龍の家に入り浸っているんだとか。
学校でのテスト前には、三人で勉強会もするらしい。
そういう学生らしいところは、微笑ましくも思えたりする。
朝迎えに来たあとに学校へ行くこともあれば、日中ずっと一緒にいることもある。
出席日数は足りているから心配しなくても大丈夫だと、先回りして言って私を安心させる。
そういう部分なんかは、やっぱり大人びている。
みーくんたちが一番活動的な深夜に私は働いているから、喧嘩なんかの場面には遭遇しない。
けれど、ごくたまに黒いバンで龍とタキ、みーくんと酒田さんが迎えに来たりするときは、タキの服に血がついていたりして喧嘩後の匂いを漂わせる。
三人とも怪我はしていないのに、酒田さんだけが妙に負傷しているのはとても気になるところだ。
でも、これは多分聞いたら負けだ。
酒田さんはドMなので、あんまり触れないようにしている。
終業時間は午前6時。
今日は22時入りで、休憩を含めた8時間だった。
交代のアルバイトに挨拶をして、お茶とするめが入ったコンビニ袋を手に外へ出る。
久しぶりにひとりで帰る道のりは、寂しいような懐かしいような感じで悪くはない。
会話をしない分、無言で歩くことにはなるけれど。
「なんか甘いもの買えばよかったかも」
マンションに近づくにつれて、甘いものが食べたくなってきた。
戻るのも面倒で、諦めて前に進む。
起きたらどうせ買い物に行こうと思っているし、そのときに買えばいい。
袋を揺らしながらエントランスを前にして、私は一瞬、夢でも見ているのかと立ち止まった。
数か月前に見た、懐かしい光景にどきりとする。
壁にもたれている少年と、煙草を吸っている少年。
マンション前で吸うなとあれだけ注意したにもかかわらず、それは身についていないらしかった。
――何かして来たら叫んでやる。
こっちはもう吹っ切れた。
無視することにして、素知らぬ顔で横切った。
「おい、待てよ」
低く紡がれた制止の声も無視して、パネルに鍵を差し込んだ。
「待てっつってんだろ馬鹿女」
「……鈴」
見下したような話し方は、龍みたいに情のあるものじゃない。
本当に見下しているような、不遜なもの。
苛々する声音に反応せず、開いた自動ドアをくぐる。
「鈴っ!」
後を追って入って来た恭平と達哉。
懐かしささえ感じる二人は、以前よりも色褪せて見えた。
「入って来ないで」
エレベーターのボタンを押したけれど、素直に帰らせてはくれないだろう。
仕方なく振り返った私を、達哉が嘲笑するように鼻で笑った。
「羽柴充の女になったから、自分は偉いとでも思ってんのかよ」
「……何の用?」
「相変わらず不細工なツラしてんなぁ。前よりさらにブスになったんじゃねぇ?」
「……用件を言って」
「調子乗んのも大概にしろよ。羽柴充がそんなに偉いか? あ?」
達哉は、私の中にある怒りを嫌になるくらいピンポイントで刺激する。
どうしてこんなに私を不快にするのが得意なんだろう。
「鈴、話がある」
すず、と呼ばれることに嫌悪感を抱く。
よく私の名前を呼べるものだと、いっそ感心すらしてみせる。
売った女に会いに来られるほど、恭平の神経が図太いと、さすがに私も見抜けなかった。
「何の話?」
「お前マジで調子乗り過ぎ。誰に向かって言ってんの?」
達哉のムカつく横槍も、恭平が相変わらず何も言わないところも不愉快だ。
調子に乗ってるのはどっちなのか、言ってやりたい。
達哉が余計なことをしたせいで、達哉の妹は巻き込まれそうになった。
そこで私を身代わりにしようとした浅ましさは、調子に乗ってるどころの話じゃない。
もし、みーくんじゃなかったらと思うとぞっとする。
「だから、何の話か早く言って」
「……紗季を助けてやってほしい」
恭平が私を見据えて言った。
意味が分からない私は、片眉だけを上げて聞き返す。
「――紗季って誰?」
「……達哉の妹だ」
「助けるってなに?」
「とぼけんじゃねーよ! 羽柴充が仕組んだんだろ!」
怒鳴った達哉は、顔を赤くして私を睨む。
まったく知らないし、達哉の妹に何があったのかも分からない。
いぶかしんだ私に、恭平はため息を吐いた。
「……鈴、変わったよな。前はもっと優しかっただろ。なんでそんなに冷たくなったんだ」
――あんたに売られたからじゃないの。
文句を言ってやりたい。
言い返したい。
だけど、ここで何か言ったら達哉が手を出して来そうな気がした。
「電話するから待って」
それだけ言って携帯を出す。
そんな私に、達哉はまたしても嘲笑した。
「そういやこの間、羽柴充見かけたなぁ? 女と歩いてたし。なんか勘違いしてんじゃねーの。お前みたいな不細工にマジになるわけねーだろ」
ああもう出番が来たよ、久し振りにヒステリックな鈴子さん。
どうせならクールに大人っぽくあしらいたかったけれど、こうなったらストレス発散も兼ねてやる。
――秘技、ヒステリー。
「――うるさ」
「なぁにやってんのー?」
ちょっとみーくん、今の私の出番だった。
しっかりタイミング良く現れるなんて、なかなかできないことだと思う。
もしかしたら、ヒーローというのは隠れてタイミングをうかがっているのかもしれない。
だけど生憎、私の彼氏はそういう部類じゃなくて、むしろ逆。
だからこんな私の出番を、中途半端に潰して出てくる。
被ってるから。
台詞、被ってるから。




