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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第40話 紗季を助けてやってほしい

 それにしても、なぜファミレス……。


 前もファミレス一択だったような気がするけれど、高校生はファミレスが好きなんだろうか。


「別にいいけど、何でファミレス? メニュー多いから?」

「パフェがあるからに決まってんだろ。りんごは何も知らねーな」

「……タキがパフェ好きって言うのは今知った」

「おっせーな!  そういえば仲直りしたんなら、もう気晴らしはいいのか?」

「――なぁんのハナシか詳しく聞かせてくれるかなぁ?」


 一難去って、また一難。


 ひゅうと急激に冷えた森のカフェで、二人の人間が顔色を悪くした。


「みっつんだって発情期やってただろ! りんごだけが発情しちゃいけねー理由はないだろ!」


 ――いやいや、発情はしてないけど。


 たんこぶを2つ作ったタキは、ぶすくれたままみーくんに文句をぶちまける。


「りんちゃんは、もうダメ。俺のだからって言ったでしょーよ」


 タキを羽交い締めにしていたのに汗ひとつかかないみーくんは、冷ややかにタキを見下ろした。


 ちなみに私への説教は、お互い様だからしないらしい。


 『タキは人のカノジョだと知りながら誘った』


 という、取ってつけたような名目でお仕置きを下したみーくん。


 確かに自業自得な部分はあると、一発しか殴らなかった。


 2つ目のたんこぶは、タキが大袈裟に叫んだせいでうるさいと、龍から下されたものだ。


「――でも、タキには送ってもらったって恩があるよ。みーくんが私を置いていったときに迎えに来てくれたのはタキだし」


 『止めろ』と言ってはいけないなら、私は私の思ったことを口にするだけだ。


 タキの誘いに乗った私も悪い。


 だけど、タキがああ言ってくれて、私はタキと友人になれたような気がして救われた。


「タキと、と……と、とと」


 恥ずかしい。なんだこの恥ずかしさ。


 21歳にもなって男子高校生を『友達』というのは勇気がいる。


「……ととと?」


 首を傾げたみーくんとタキ。


 龍は半目で、何言ってんだコイツみたいな顔をしている。


 酒田さんも私を見る。


 見られたら、さらに言いにくい。


「と、とも、友だちになれたみたいな、そんな気がして。いや、なんていうか、友だちっていうか仲良くなれた人っていうか、とにかく、そんな気がして嬉しかった!」


 逃げ腰になりながら、素直に感じたことを告げた。


 龍がりんごって呼んだことも、タキが気晴らしに誘ってくれたことも、何だか今までになかった達成感を覚えさせた。


 愛想笑いで接する薄い関係じゃなくて、その一歩先に入れたような気がしていた。


 アイスティーを飲む振りをしながら俯いた私に、小さくタキが噴き出した。


「りんごも罪なオンナだよな。俺らと友達になっていいのかよ」

「喧嘩とかそういうのには巻き込まないでくれたら」

「しっかり条件付きの友達かよ! ……ま、俺もりんご好きだしな。そういうのもアリだろ。なぁ龍ちゃん?」

「『友だち』ってガキみてぇ」


 顔をしかめながらも、龍はくつくつと笑う。


 みーくんは私に色ボケしたように笑いかけていて、タキだけがにっかりと明るい表情をしていた。


「りんごさん、俺も友達ですか?」

「酒田さんはまだ知り合いで」


 ニヤニヤする酒田さんを一刀両断して、わざとらしくそっぽを向く。


 友達は人の恋愛を面白がったりしません。


 手酷く振った私に、酒田さんはまた笑った。


「りーんちゃん、俺はぁ?」

「彼氏じゃないんですか、ダーリン」


 素っ気なく言ったつもりだけれど、満足そうにみーくんは頷く。


 すっかり機嫌が良くなったみーくんは、意気揚々とその場を終わらせる。


 タキは果敢にも『また何かあったらみっつんにナイショで出掛けようぜ!』なんて言ってみせた。


 龍は『今の状態を保て』と偉そうだったけれど、最初みたいに鋭い目線は向けられなくなった。


 本当の意味でタキと龍に近づけたような気がした一日は、ファミレスでご飯を食べて、つつがなく終わった。


 ━────── •●• ──────━


 物事は常に安定しているわけではなく、たまに荒れて、たまに穏やかになるものだ。


 みーくんたちと出逢って2か月が過ぎ、緩やかな日常を過ごしていた私に、唐突な来客が訪れる。


 『今日はちょっと遅くなるけど、待ってられそう?』


 休憩中にみーくんから来たメールには、ひとりで帰るから大丈夫だと返信した。


 特に何か問題が起きているわけではないし、頻繁にみーくんは私の傍にいてくれる。


 だから、たまにはやりたいこともあるんじゃないかと気を遣ってみた。


 みーくんは一人暮らしで、いつもは龍の家に入り浸っているんだとか。


 学校でのテスト前には、三人で勉強会もするらしい。


 そういう学生らしいところは、微笑ましくも思えたりする。


 朝迎えに来たあとに学校へ行くこともあれば、日中ずっと一緒にいることもある。


 出席日数は足りているから心配しなくても大丈夫だと、先回りして言って私を安心させる。


 そういう部分なんかは、やっぱり大人びている。


 みーくんたちが一番活動的な深夜に私は働いているから、喧嘩なんかの場面には遭遇しない。


 けれど、ごくたまに黒いバンで龍とタキ、みーくんと酒田さんが迎えに来たりするときは、タキの服に血がついていたりして喧嘩後の匂いを漂わせる。


 三人とも怪我はしていないのに、酒田さんだけが妙に負傷しているのはとても気になるところだ。


 でも、これは多分聞いたら負けだ。


 酒田さんはドMなので、あんまり触れないようにしている。


 終業時間は午前6時。


 今日は22時入りで、休憩を含めた8時間だった。


 交代のアルバイトに挨拶をして、お茶とするめが入ったコンビニ袋を手に外へ出る。


 久しぶりにひとりで帰る道のりは、寂しいような懐かしいような感じで悪くはない。


 会話をしない分、無言で歩くことにはなるけれど。


「なんか甘いもの買えばよかったかも」


 マンションに近づくにつれて、甘いものが食べたくなってきた。


 戻るのも面倒で、諦めて前に進む。


 起きたらどうせ買い物に行こうと思っているし、そのときに買えばいい。


 袋を揺らしながらエントランスを前にして、私は一瞬、夢でも見ているのかと立ち止まった。


 数か月前に見た、懐かしい光景にどきりとする。


 壁にもたれている少年と、煙草を吸っている少年。


 マンション前で吸うなとあれだけ注意したにもかかわらず、それは身についていないらしかった。


 ――何かして来たら叫んでやる。


 こっちはもう吹っ切れた。


 無視することにして、素知らぬ顔で横切った。


「おい、待てよ」


 低く紡がれた制止の声も無視して、パネルに鍵を差し込んだ。


「待てっつってんだろ馬鹿女」

「……鈴《すず》」


 見下したような話し方は、龍みたいに情のあるものじゃない。


 本当に見下しているような、不遜《ふそん》なもの。


 苛々する声音に反応せず、開いた自動ドアをくぐる。


「鈴っ!」


 後を追って入って来た恭平と達哉。


 懐かしささえ感じる二人は、以前よりも色褪せて見えた。


「入って来ないで」


 エレベーターのボタンを押したけれど、素直に帰らせてはくれないだろう。


 仕方なく振り返った私を、達哉が嘲笑するように鼻で笑った。


「羽柴充の女になったから、自分は偉いとでも思ってんのかよ」

「……何の用?」

「相変わらず不細工なツラしてんなぁ。前よりさらにブスになったんじゃねぇ?」

「……用件を言って」

「調子乗んのも大概にしろよ。羽柴充がそんなに偉いか? あ?」


 達哉は、私の中にある怒りを嫌になるくらいピンポイントで刺激する。


 どうしてこんなに私を不快にするのが得意なんだろう。


「鈴、話がある」


 すず、と呼ばれることに嫌悪感を抱く。


 よく私の名前を呼べるものだと、いっそ感心すらしてみせる。


 売った女に会いに来られるほど、恭平の神経が図太いと、さすがに私も見抜けなかった。


「何の話?」

「お前マジで調子乗り過ぎ。誰に向かって言ってんの?」


 達哉のムカつく横槍も、恭平が相変わらず何も言わないところも不愉快だ。


 調子に乗ってるのはどっちなのか、言ってやりたい。


 達哉が余計なことをしたせいで、達哉の妹は巻き込まれそうになった。


 そこで私を身代わりにしようとした浅ましさは、調子に乗ってるどころの話じゃない。


 もし、みーくんじゃなかったらと思うとぞっとする。


「だから、何の話か早く言って」

「……紗季を助けてやってほしい」


 恭平が私を見据えて言った。

 意味が分からない私は、片眉だけを上げて聞き返す。


「――紗季って誰?」

「……達哉の妹だ」

「助けるってなに?」

「とぼけんじゃねーよ! 羽柴充が仕組んだんだろ!」


 怒鳴った達哉は、顔を赤くして私を睨む。


 まったく知らないし、達哉の妹に何があったのかも分からない。


 いぶかしんだ私に、恭平はため息を吐いた。


「……鈴、変わったよな。前はもっと優しかっただろ。なんでそんなに冷たくなったんだ」


 ――あんたに売られたからじゃないの。


 文句を言ってやりたい。

 言い返したい。


 だけど、ここで何か言ったら達哉が手を出して来そうな気がした。


「電話するから待って」


 それだけ言って携帯を出す。


 そんな私に、達哉はまたしても嘲笑《ちょうしょう》した。


「そういやこの間、羽柴充見かけたなぁ? 女と歩いてたし。なんか勘違いしてんじゃねーの。お前みたいな不細工にマジになるわけねーだろ」


 ああもう出番が来たよ、久し振りにヒステリックな鈴子さん。


 どうせならクールに大人っぽくあしらいたかったけれど、こうなったらストレス発散も兼ねてやる。


 ――秘技、ヒステリー。


「――うるさ」

「なぁにやってんのー?」


 ちょっとみーくん、今の私の出番だった。


 しっかりタイミング良く現れるなんて、なかなかできないことだと思う。


 もしかしたら、ヒーローというのは隠れてタイミングをうかがっているのかもしれない。


 だけど生憎、私の彼氏はそういう部類じゃなくて、むしろ逆。


 だからこんな私の出番を、中途半端に潰して出てくる。


 被ってるから。

 台詞、被ってるから。


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